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Laboratories
研究室紹介

超小型衛星×AI×IoT=∞ パイオニアが語るその未来

東京大学大学院 工学系研究科 中須賀・船瀬研究室
1部:
中須賀 真一 教授
2022.05.26
超小型衛星×AI×IoT=∞ パイオニアが語るその未来

2003年、東京大学の学生たちが開発した、わずか1kgの手のひらサイズの人工衛星「キューブサット」が打ち上げられた。どうやって造るのか、動かすのか、何もかもが手探りだったが、無事に宇宙で産声を上げ、いまなお地球のまわりを飛び続けている。この偉業を成し遂げた東京大学の中須賀真一教授は、キューブサットを学生の教育に役立て、衛星開発の酸いも甘いも経験した優秀な卒業生を、数多く宇宙開発の現場へ輩出。そしてキューブサットもまた、AIやIoTといった技術と組み合わせ、宇宙を舞台にしたビジネスのため、大学とベンチャー企業による共創が始まっている。キューブサットがもつ教育的価値、そしてイノベーションやビジネスの可能性について伺った。

(インタビュー・文/鳥嶋 真也 撮影/山中 智衛〈アマナ〉)

中須賀 真一教授

手のひらサイズの超小型衛星「キューブサット」を開発

── はじめに、中須賀先生の経歴を伺わせてください。

中須賀 ── 東京大学が母校で、宇宙工学を学びました。大学院の博士課程を修了したあと、実はいったん宇宙から離れて日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所に入社し、人工知能(AI)や自動化工場の研究をしました。その後、東京大学に教員として帰ってきて、超小型の人工衛星、宇宙システムの知能化・自律化、革新的宇宙システム、宇宙機の航法誘導制御などに関する研究、教育を行っています。

── 中須賀先生は、学生でも造れる衛星として、模擬衛星「缶サット」(図1)、そして実際に宇宙へ行く超小型衛星「キューブサット」(図2)の開発、指導を手がけてこられました。あらためて、缶サットとキューブサットについて教えてください。

中須賀 ── 缶サット(CanSat)は、文字どおりジュース缶(350ml缶)サイズの模擬衛星のことです。これを模型ロケットに積んで高度約数kmまで打ち上げ、パラシュートや翼を開いて降下し、あらかじめ定められた目標地点に自力で着陸させ、あるいは向かわせます。毎年夏にアメリカで大会があり、目標地点に戻る精度を競っています。

缶サットは、1998年に開催された「大学宇宙システム・シンポジウム」で、スタンフォード大学のロバート・トゥイッグズ(Robert Twiggs)教授が提唱したもので、宇宙工学を学ぶ学生に実践の機会を与えることが目的でした。私たちはすぐにそのアイディアに賛同し、研究室の学生とともに開発に挑んだのです。

模擬衛星なので宇宙へは飛ばせませんが、衛星と同じ部品、機能を詰め込んで造るため、実際の衛星を造るのに向けた非常にいい練習になります。いまでも、私の研究室に入ってくる学生はまず缶サットの開発から始め、技術的なことからプロジェクトの回し方まで、多くのことを学ぶことができます。

缶サット
[図1]缶サット
提供:中須賀・船瀬研究室

中須賀 ── キューブサットは1999年、やはりトゥイッグズ教授が提唱したもので、10×10×10cmの立方体、質量1kg程度の、とても小さな衛星を造ろうというものです。缶サットの次に、学生に実際に宇宙へ打ち上げる衛星の開発機会を与え、衛星開発の一連のプロセスを体験させる教育を行うことが目的でした。また同時に、秋葉原で売っているような民生品の利用などにより、衛星を低コストかつ短期間で造るという目的もありました。

缶サット
[図2]キューブサット
提供:中須賀・船瀬研究室

── 学生にとって”本物”の衛星を造れる機会になるとともに、ものづくりにおける革新性もあったのですね。

中須賀 ── そうです。そして、造り方も、宇宙での運用の仕方も手探りの中、私たちは「XI-IV(サイ・フォー)」というキューブサットを造り、2003年にロシアのロケットで打ち上げました。同時に打ち上げられた東京工業大学やスタンフォード大学のキューブサットとともに、世界で初めて成功したキューブサットのひとつになりました。

このとき、XI-IV開発のプロジェクト・マネージャーを務めたのが、いま小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクト・マネージャーを務めている津田雄一さんでした。彼のように、学生時代にキューブサットを開発し、その経験を活かして社会で活躍している方は大勢います。まさに、キューブサットが教育面で大きなポテンシャルを持っていることの現れだと思います。

キューブサットはだいたい2年で1機造れます。ですから、学部3年に入って修士で卒業するまでとすると、1~2機の開発に関わることができます。

これまでに13機の衛星を開発、打ち上げ、まもなく打ち上げ予定の衛星も3機あります。いまも学生は開発に勤しんでおり、これからもこの流れは脈々と続いていくでしょう。

中須賀 真一教授

AI×衛星でなにができる?

── 中須賀先生は現在、民間企業時代にも研究されていたAIと、衛星とを組み合わせた研究をされているそうですね。

中須賀 ── AIと衛星を組み合わせた研究は大きく2つのテーマ、「AIによる衛星開発、試験のサポート」と「衛星の自律運用」があります。

新しい衛星を造るときには、過去に造った衛星の知見、経験が必要です。現在では経験とノウハウを持った熟練専門家にサポートしてもらっていますが、知見や経験をデータベースに蓄えることで、AIによるサポートができないか、という研究をしています。

また、地上と宇宙では環境が大きく異なるため、事前の試験が必要ですが、地上で宇宙環境を模擬した試験をしようとすると、とても大きな手間がかかります。そこで、コンピューターの中に仮想の宇宙空間を作る、いわゆる「デジタルツイン」によって、試験を効率化できないか、という技術も研究しています。

── その取り組みは、いまどの段階まで進んでいるのでしょうか。また、実現すると衛星開発にどんな変革が起きますか。

中須賀 ── 技術的に可能だということ、そして役に立つということはわかってきました。今後、実際の開発に実装するためには、データベースを作ること、つまり過去の衛星開発の実例データを溜め込むことが重要になってきます。いまはまだ実例が少ないため、徐々に積み重ねていっている段階です。

現在、私の研究室では、「6Uサイズ」と呼ばれる10cm×20cm×30cmくらいのキューブサットをメインで開発しています。現時点では約25人が2年かけて造っていますが、これを3~4人で1年くらいで造れるようにしたいと考えています。

── もうひとつの衛星の自律運用について教えてください。

中須賀 ── 衛星の運用において、どこかが故障した場合、その部分を避けて運用を続け、目的のミッションを行うということがあります。人間でいえば、右腕を怪我したときに左腕でご飯を食べるようなものですね。

いまはその動作を、地上の人間が衛星の状態を確認し、衛星にコマンド(指令)を送ってやっていますが、何十機もの衛星を運用していたり、地球から遠く離れた月や惑星を探査する探査機を運用したりしているときには、いちいち人間の判断を待っていては埒が明きません。

そこでAIを使い、衛星自身が自律的に、自分の状態を判断し、そこからミッションを達成するには何が必要かを判断して実行できるようにする技術も研究しています。

この技術は、2018年に開発して打ち上げた、超小型衛星「たすき」(TRICOM-1R)という質量3kgくらいの超小型衛星で実証しました。

── 宇宙とAIというと、『2001年宇宙の旅』に出てきた「HAL 9000」を真っ先に思い浮かべます。そんな本当に人間のように考えて行動できる衛星は可能なのでしょうか。

中須賀 ── 私たちは、AIに衛星の動きを”先読み”させる技術も研究しています。衛星は打ち上げたあと、地上からのコマンドによって動かし、軌道や姿勢を変えたり、地球の撮影や通信などのミッションを行なったりします。そのコマンドに間違いがあると、衛星が故障し、二度と使えなくなることもあります。そこで、AIが「このコマンドは本当に大丈夫か」ということを確認、判断できるようにする技術も研究しています。

また、毎回地上からのコマンドを待って動くのは非効率ですから、AIがある程度判断して衛星を動かす技術も研究しています。ここでもやはり、衛星が自分で自分を故障させないよう、その判断が大丈夫なのかを確認するプロセスが重要です。

こうした研究・開発のためには、地上で宇宙環境を模擬できるシミュレーターが必要です。現在は、精度がよく、計算時間がかからないシミュレーターの開発を行っている段階です。

中須賀 真一教授

IoT×超小型衛星でなにができる?

── AIと並んで、近年注目されている技術にIoTがあります。IoTと超小型衛星の組み合わせも研究されているそうですね。

中須賀 ── IoTの分野では、「ストア&フォワード」と呼ばれる機能をもった衛星の研究をしています。これは、地上のセンサーなどから弱い電波を出してデータを送り、それを衛星で集め、いったん衛星内のメモリーに貯めておき、そして地上の衛星交信用アンテナ(地上局)の上空に差し掛かったところでデータを下ろすという仕組みの通信衛星です。

日本の中でも、山の中など、インターネットや携帯電話などの通信が行き届いていないところが面積比で約30%もあります。海外に目を向けるともっと多く、海上であればなおさらです。こうした場所にセンサーと通信機器を設ける――たとえば海上に浮かべたブイにセンサーと通信機器を載せ、海中のさまざまな情報を集め、それを電波で送るのです。ビットレートは低いですし、送れる情報量も少ないです。ですが、海中のさまざまなデータや、農作物の監視、遠隔地にあるインフラ設備の監視など、世界中に多くの需要が眠っています。

この実現のために重要なのが、地上から出す電波をとても弱いものにしなければならないということです。何Wも必要だと、送信機や電源が大きくなってしまいます。そのため、小さな太陽電池で発電できるくらいの電力で出せる、20mWや50mWくらいの微弱な電波を使います。すると今度は、その微弱な電波を、高度数百kmを飛ぶ、それも超小型の衛星でどうやって受信するか、という課題が出てきます。

この技術も、2018年に開発して打ち上げた「たすき」で実証することに成功しました。いまは、それをさらに展開、社会実装していこうという段階です。

ただ、通信に使える周波数の割り当てには限りがあり、調整や確保はとても大変です。幸い、私は教育者でもあり、政府の宇宙政策委員会委員でもあり、またさまざまな宇宙ベンチャーにもかかわっています。日本の宇宙開発利用の発展のため、解決できるよう動いています。

缶サット
打ち上げロケット探索中の超小型衛星ナノ・ジャスミン

大学が研究し、企業が稼ぎ、それを大学に還元……というエコシステム

── このあとお話を伺う鈴本さんのように、中須賀研究室から衛星のベンチャー企業が生まれたり、一方でいわゆる「稼げる大学」が求められたりといった動きもあります。大学と企業との関係性についてはどうお考えですか。

中須賀 ── 大学とは研究する場所であり、将来を見据えた新しい技術の研究をやるべきです。一方、企業はいまある技術を継続して保有し続け、それを使ってビジネスをしていくことが大事です。そこがあべこべになると、大学は先のことを見据えた研究ができなくなりますし、企業は稼げません。

そのため、大学が新しい技術を作っては、企業がそれを取り入れ、ビジネス化してお金を稼ぐ。そのお金を大学に還元し、さらに新しい技術開発ができるようにする。衛星開発を学びたいという学生がいたらインターンで受け入れる。こうした、大学と企業がお互いWin-Winになれる”エコシステム”を回していくことが重要だと思います。

鈴本さんらが「アークエッジ・スペース」というベンチャーを立ち上げたように、このエコシステムはすでに回り始めています。それをいかに回し続け、またより多くのベンチャーを生み出すなど、質や量を高めていくかがこれからの課題です。

中須賀 真一教授

学生のうちに失敗すること、それを次に活かすことが大事

── 先生のもとに集まる学生さんは、どんな考えを持って入ってこられるのでしょうか。

中須賀 ── 新入生はもちろん、講演などを通して高校生などにも、私の研究室では衛星を造るということを説明していますので、みんな「衛星を造りたい」という想いで入ってきます。

私の研究室では、AIのほか、軌道力学、測位衛星システムと衛星の編隊飛行、光通信の4つの大きなテーマを柱に研究をしています。そのうえで、全員何らかの衛星プロジェクトに関わってもらうこと、つまり宇宙へ飛ばす衛星を造ることもやっています。そのため、学生の労力としては、ほかの一般的な研究室の倍は大変でしょう。

でも、それくらいの覚悟でやらないとブレイクスルーは起こせませんし、学生もそれをわかったうえで、覚悟を持って入ってきてくれます。

── 学生さんに対してはどういった指導方針(指導哲学)で臨まれるのでしょうか。

中須賀 ── ”失敗”を経験すること、そしてものづくりを繰り返し、段階を踏んで行うことを大事にしています。

どんなことでも最初は失敗します。ですが、そこから学んで次に活かすことが重要です。そのため、まずは簡単な回路設計から始まり、次にサブシステムという要素単位でのものづくり、缶サット、キューブサットの開発と、繰り返しものづくりをし、そして段階を踏んで徐々に難しいものに挑戦していく。そのプロセスを回すことで、失敗から学び、次に活かせるようにしています。

そのため、失敗するとわかっていてもあえて注意しないこともあります。なんでも注意してしまうと、「間違っていても先生が教えてくれるからいいや」という甘えになります。ものを造り、失敗し、そこから何を学ぶかまで、学生が自分で考えたうえで、責任を持ってやることを大事にしています。

また、学生がやりたいことを引き出すことも大事にしています。学生がやりたいと思うことを妨げず、一緒になって考えたり、サポートしたりしています。ときには気分転換で一緒にスポーツをしたり、合宿をしたり、徹夜で実験や研究をしたりもしています。研究に一緒に熱中する、僕たちは仲間なんだ、という意識を共有することが大事です。

── 中須賀研究室を目指す、また宇宙開発に携わることを目指す学生さんへのアドバイス、メッセージをお聞かせください。

中須賀 ── なるべく若いうちに、プロジェクトを最初から最後まで経験してほしいです。プロジェクトの流れや難しさ、とくに一度失敗し、それを次に活かす経験を持つことは、宇宙開発だけでなくあらゆる分野で強みになるでしょう。

また、自分の能力や技術が、社会とどうつながっているのか、どんな社会問題の解決に役立つのか、そのために自分は何を勉強すればいいのか、という視点も持ってほしいです。「先生に言われたから」とただ勉強したり記憶したりするだけでなく、自分で実現したいビジョンを持って、そのために何を勉強すればいいのかを考え、力をつけていく。そういうことができる人材を求めています。

東京大学大学院工学系研究科 東京大学大学院工学系研究科
Profile
中須賀 真一教授

中須賀 真一(なかすか しんいち)

東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授

1983年東京大学工学部卒、1988年東京大学博士課程修了、工学博士。同年、日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所入社。1990年より東京大学講師、助教授、2004年より航空宇宙工学専攻教授。日本航空宇宙学会、SICE、IAA等会員, IFAC元航空宇宙部会部門長、UNISEC元理事長、およびUNISEC-GLOBALは設立時より委員長。

超小型人工衛星、宇宙システムの知能化・自律化、革新的宇宙システム、宇宙機の航法誘導制御等に関する研究・教育に従事。世界初のキューブサットを含む超小型衛星13機の開発・打ち上げに成功しこの分野で世界をリード。政府の宇宙政策委員会委員。内閣府のFirstによる「(通称)ほどよしプロジェクト」の成果で2017年度宇宙開発利用大賞・内閣総理大臣賞受賞。2019年総務省電波の日総務大臣表彰、2021年APRSAF Asia-Pacific Region Excellence in Space Awardなど多数受賞。

Writer

鳥嶋 真也(とりしま しんや)

宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。

国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。主な著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、論文誌などでも記事を執筆。

Webサイト:http://kosmograd.info/
Twitter:@Kosmograd_Info

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