No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Scientist Interview

大病院の精密検査機能をダウンサイジングして、
日常生活の中で病気の芽をいち早く発見

2017.01.31

一木 隆範
(東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻教授 
公益財団法人川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター ラボ長/主幹研究員)

病気はこじらせる前に迅速に対処した方が治りは早い。これが、がんのような大病になると、早期診断・早期治療は生死を分ける要因になる。病気の早期診断・早期対処は、高齢化が進む現代において取り組むべき課題でもある。病気が進行すればするほど治療に要する医療費は高騰し、財政を逼迫させていくからだ。ここに来て、これまで大病院でしか実施できなかった精密検査を、診断機器の小型化・低コスト化によって気軽に実施可能にする技術の開発が加速してきている。IT業界では、かつて研究機関や大企業だけが使っていた高度なコンピュータの機能を、スマートフォンの中に収まるまでにダウンサイジングし、人々の生活と社会に大きな変革をもたらした。同様の変革が、医療分野でも起きつつあるのだ。人々が自律的に健康を維持するための技術開発に取り組む「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」にて、がんなど重大な病気に関する精密検査を手軽にする技術を開発している東京大学一木隆範教授に、開発の意義と今後の展望について聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭)

── ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)の周辺には、医療関係の研究機関が集まっているのですね。

iCONMが置かれている、川崎市の殿町地区、通称「キングスカイフロント」は、税制などの幅広い優遇措置がある国家戦略総合特区であり、同時に健康・医療技術開発で規制緩和などを受けられる国家戦略特区にも指定されています。ここでは、国に対して規制緩和を要求し、それが認められれば法や制度上取り組みにくい試みにも着手できます。このため、多くの医療や医薬品の研究機関が集まり、現在も施設が続々と建設されています。

iCONMの正面には、国立医薬品食品衛生研究所(国衛研)が建設中で、平成29年度から運営を開始する予定です。医療機器は、使われる前に医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認を受ける必要があります。そして、そこで実施する審査のルールを作るのが国衛研です。最先端医療技術の研究開発機関と、それを承認するためのルール作りをする機関が隣接し、深く連携していくことで、研究開発の成果を迅速に実用化できるようになると期待しています。

病気になりかけている状況を捉える

── 医療技術の研究環境として理想的ですね。そうした中で、一木先生の研究グループでは、どのような医療技術を研究しているのでしょうか。

がんなど治療が困難な病気の治療法には、重粒子線治療や抗がん剤などのように、相当のコストがかかるものがあります。iCONMでは、新しい医療技術の中でも、医療コストを圧縮できる可能性を秘めた検出・診断・治療の技術を、ものづくりの技術をベースにして研究しています。そして、国民の医療費負担の軽減や新しい産業の創出に貢献していくことを目指しているのです。

その中で、私たちは病気を早期発見できる新しい診断機器を作っています。目指しているのは、病気になったかならないかのごく初期の段階で診断できる予防診断技術の確立です。がんなどは、発見が早ければ早いほど完治する可能性が高まります(図1)。日常の生活をしている中では自覚症状がない、病気になりかけている状況を捉え、速やかに治療に移れるようにすることが究極の目標です。しかも、ただ高感度で病気を発見するだけではなく、広く利用してもらえる手軽な技術を探求しています。

がんは早期に発見できれば生存率が高まる
[図1]がんは早期に発見できれば生存率が高まる

── 難病の克服は医学の発展に向けた意義がありますが、iCONMで研究している医療技術は社会的なインパクトが大きな技術になりそうですね。具体的には、どのような診断技術を研究しているのでしょうか。

リキッドバイオプシーと呼ぶ、血液や尿、リンパ液など人間の体液に含まれる成分を手軽かつ精密に検査することで、病気の特定や発症位置、進行の度合いなどを診断する手法を研究しています。例えば健康診断で疑わしい結果が出た場合、精密検査で確かめるのが普通です。それががんの精密検査なら、針を使って疑わしい部位から組織を剥ぎ取り、細胞ががん化していないか調べます。この検査は、当然、苦痛が伴い精神的にもしんどい検査です。これを、血液を少量取るだけで代用できるようにしたいのです。

リキッドバイオプシーでは、体液に含まれる病気の兆しとなる異常物質を検出します。そして、病気との相関が分かっている物質が見つかれば、病気になる兆しや発症した場所が分かるのです。この技術は、基本的には血液検査の一種ですから、通常の健康診断のメニューの中に含められる可能性があります。

こうした検査を診断に取り入れるためには、高い精度を維持しながらコスト削減する技術が欠かせません。同時に、体液中のどの物質を測ったらどのような病気だと診断できるのか、病気と異常物質の相関について科学的に検証しておく必要もあります。

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