No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

企業、研究所同士のパートナーシップが欠かせない

──江刺教授の研究室では、MEMS技術を企業と共同研究するための取り組みを行われているとお聞きしました。

そうですね。うちの研究室は、最も産業界に近い研究室だと自負しています。今の日本では、半導体工場がどんどん潰れており、自社だけで研究開発することが難しくなっています。

半導体技術を使えば、何百万個ものチップを量産することができます。しかし、病気の種類は膨大で、それぞれに応じたデバイスを開発しなければなりません。何百万個も作ることはできるけれど、臨床で使われるのは1000個だけというデバイスが多いわけです。それをいちいち設備投資をしていては、絶対に採算が合いません。

現在ではリコー、トヨタ自動車、トッパン・テクニカル・デザインセンター、古河電工、デンソーなど競合し合わない16社で、外注で集積回路を製作したシリコンウェハー(半導体製品の材料となる、シリコン製の薄い基板)をシェアする取り組みを行っています。直径200ミリメートルのシリコンウェハー上に、A社のチップが、その隣にはB社が……というように異なるチップを1枚のシリコンウェハー上に作ることで、コストを下げるのです。半導体技術が進んだがゆえに、逆にそうした経済性の問題とも向き合わなくてはならなくなりました。

また、うちの研究室では、半導体関連企業から譲り受けた一連の設備を「試作コインランドリ」(http://www.mu-sic.tohoku.ac.jp/coin/)として開放しています。企業が来て、勝手に試作研究ができ、利用時間に応じた使用料金を負担します。技術があっても試作設備がない企業は、人材を派遣して自ら試作を行えるので、開発コスト、リスクを低減できるでしょう。ユーザー企業はどんどん増えており、現在100社程になります。

2001年には、半導体製造装置の開発に実績のあるケミトロニクスグループ代表の本間孝治氏が社長となり、企業からの受託開発を行う「株式会社メムス・コア」が設立されました。いっぽう医療関係では、「メムザス株式会社」が、東北大学医工学研究科の芳賀洋一教授が中心となって2008年に設立されました。医療器具の治験を行うためには会社組織になっている必要があり、そうした製品を実用化して世の中に送り出すのが目的です。メムザスでは、先に紹介した「能動カテーテル」や、髪の毛ほどの細さで血管内圧を測る「極細径光ファイバ圧力センサー」などの実用化を進めています。

国内企業だけでなく、海外との提携も進めています。2005年にはドイツのフラウンホーファー研究機構と協定を結び、毎年フラウンホーファー・イン・仙台を開催しているほか、フラウンホーファー研究機構の人たちが東北大学の研究室に5名ほど常駐して共同研究しており、今年からは私の所属する原子分子材料科学高等研究機構にプロジェクトセンターを作って、共同でプロジェクトを進めることになりました。また、今年6月にはIMEC(ベルギーの国際研究機関)と東北大学が戦略提携校になり、双方でセミナーを開催したり共同研究を進めることになっています。なお米国ではスタンフォード大学、欧州ではスイスのローザンヌ工科大学(EPFL)が戦略提携校になっています。

──企業や組織間での協力体制が重要だと。

最近の日本は、集団で力を発揮することが下手になってきていると感じます。昔の日本は終身雇用制が成り立っていて、個々の企業としては海外より優れていたところもありました。しかし、今はグローバル化が進み、企業間でアライアンスを結んで仕事をする時代になっています。

そういう状況の中、日本企業は短期的な視点でしかものを考えられなくなり、大学との連携も進んでいません。それが日本の競争力低下につながっているのでしょう。私たちの研究室でやれることには限りがありますが、これがきっかけになって他でも連携が進めば、大きな力になるでしょう。

──個別に細かく工夫して作り込むMEMSは、日本企業の強みが発揮できる分野かもしれませんね。

半導体分野では莫大な設備投資を行って工場を建設していますが、そうした分野では、なかなか大学の出る幕はありません。

しかしMEMSはまだ発展途上であり、少量多品種に適した仕組みの工夫や、多岐にわたる技術の普及、アライアンスの組み方など、まだまだ大学の出る幕があると思っています。今のMEMSは、かつての半導体の黎明期と同じような状況にありますから。

──MEMSは、今後の医療にどのような影響を与えるとお考えですか?

治療技術は、それぞれの人に合ったテーラーメイド医療の方向に進歩しており、遺伝子を低コストで解読することが求められています。また再生医療において臓器の一部などを作る方向も考えられますが、それらに必要な微細構造を作製するのにMEMSが役立つ可能性があります。

もちろん、カテーテルや内視鏡の機能アップ、さらに刺激電極のような体内埋め込みデバイスとして、エレクトロニクスと共に使われるはずです。先述した使い捨ての免疫センサーなどができれば、家庭から病院に検査結果を送れるようになりますから、病気の早期診断も可能になるでしょう。これによって、医療費削減につながるかもしれません。

Profile

江刺 正喜(えさし まさよし)

昭和24年1月30日生。昭和46年東北大学工学部電子工学科卒。51年同大学院博士課程修了。同年より東北大学工学部助手、56年助教授、平成2年より教授となり現在(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (WPI-AIMR)、(兼)マイクロシステム融合研究開発センター (μSIC)センター長)に至る。平成16年よりMEMSパークコンソーシアム代表、平成22年より次世代センサー協議会会長。半導体センサー、マイクロシステム、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究に従事。

著書:「半導体集積回路設計の基礎」培風館(昭和56年)、「電子情報回路I,II」昭晃堂(平成元年)、「はじめてのMEMS」森北出版(平成23年) 他

受賞:紫綬褒章(平成18年)他
http://www.mems.mech.tohoku.ac.jp/index.html

Writer

山路 達也

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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