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人体にダメージを与えない「粒子線」でがんを治す

最先端のがん医療「粒子線治療」が身近になる日

  • 2012.10.12
  • 文/石井 英男

ここ30年以上、日本人の死因のナンバーワンとなっているのが、がん(悪性新生物)である。がんの治療法には、外科療法や放射線療法、化学療法(抗がん剤治療)など、さまざまな方法があるが、その中でも、特に治療効果が高く、副作用が少ない最先端の治療法が「粒子線治療」である。粒子線治療を行うには、大がかりな装置が必要であり、国内でもまだ粒子線治療が可能な施設は9施設しかない実状だ。そこで、今回は、わずかな日本の施設の中でもトップクラスの実績を誇る「兵庫県立粒子線医療センター」を取材し、粒子線治療の利点と今後の展開をレポートする。

がん治療の三大療法とは

がんは、1981年以降、日本人の死因のナンバーワンとなっており、その克服は、人類にとって最大の課題といっても過言ではない。がん治療の三大療法としては、外科療法、放射線療法、化学療法(抗がん剤治療)が挙げられるが、それぞれ一長一短がある。外科療法は、病巣を手術で切り取る治療であり、手術療法とも呼ばれる。がんが原発部位(最初にがんが発生した部位)にとどまっていて、転移などが確認されない場合は、有効であるが、進行したがんや高齢者など体力に不安がある場合は、手術を受けること自体が困難だ。また、術後障害などの可能性もあり、QOL(生活の質)に関しても不安がある。放射線療法は、X線やガンマ線といった放射線を病巣部に照射し、がん細胞のDNAを切断することで、増殖を抑える方法である。身体にメスを入れる外科療法とは異なり、治療の際に痛みを感じないことが利点だが、周辺の正常細胞にもダメージを与えてしまうため、副作用の恐れがある。化学療法は、抗がん剤を用いてがん細胞の分裂を抑え、破壊する治療法である。抗がん剤は、静脈注射または内服によって投与され、全身に運ばれるため、体内に潜むすべてのがん細胞を攻撃できる。そのため、外科療法や放射線療法の適用が困難な全身に転移したがんに対しても有効だが、正常な細胞にもダメージを与えてしまうため、副作用が避けられない。

実際には、これらの治療法を組み合わせて完治を目指す集学的治療を行うのが、現在のがん治療の主流となっている。

放射線治療と粒子線治療の違い

その三大療法とは異なる、新しいがん治療法として脚光を浴びているのが、粒子線治療だ。粒子線治療は、陽子や炭素イオンなどの粒子線(粒子の流れ)を病巣部に照射することで、がん細胞のDNAを切断して増殖を抑え、治癒する方法である。DNAの切断という基本原理は放射線治療と同じだが、一般的な放射線治療では、透過力の高いX線を利用するため、病巣部を通り過ぎた後でもエネルギーがあまり減衰せず、周囲の正常細胞にダメージを与えてしまうという欠点がある。

その点、粒子線は、電磁波の一種であるX線とは異なり、低いエネルギーで身体の中をある程度進んだ後、急激に高いエネルギーを周囲に与えて消滅するという性質がある。この現象を「ブラッグピーク」と呼ぶが、フィルターの利用により、「ブラッグピーク」が起こる位置や幅を自由に調整できるため、粒子線治療では、がん病巣だけにピンポイントでエネルギーを与えることができ、周囲の正常細胞が損傷を受ける心配がない。放射線治療では、常にX線の通り道となる正常細胞が耐えられる限界量を考慮する必要があり、完全に治癒できる線量を照射できない場合もある。しかし、粒子線治療なら、がん細胞に十分な線量の照射が可能なため、高い治療効果が期待できるのだ。さらに、炭素イオン線は、がん細胞に対する殺傷力がX線の3倍程度と高いため、X線が効きにくい性質のがんに対しても十分な効果がある。

粒子線によるがん治療の歴史は、1946年に書かれたロバート・ウイルソン博士の論文に始まる。陽子線が持つユニークな特徴である「ブラッグピーク」の活用が提唱されており、将来もっと高エネルギーのビームが利用できるようになれば、炭素イオン線などの重い粒子線がより有効であろうと記されている。さらに、1950年代には、高エネルギー物理学実験のために大型加速器が開発され、がん治療への研究も始まった。実際の治療は、1961年にハーバード・サイクロトロン研究所とマサチューセッツ総合病院が共同で開始した陽子線治療がはじまりである。日本では、1979年に独立行政法人・放射線医学研究所が陽子線治療の臨床研究を開始したのが最初である。炭素イオン線などの重粒子線治療に関しては、同じく独立行政法人・放射線医学研究所が1994年に臨床研究を開始している。

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