No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
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患部に合わせた骨を印刷し、埋め込む

3Dプリンターの登場によって、高精度なオーダーメイド人工骨も実現できるようになってきた。

怪我や先天的な欠損では骨移植が必要になるが、骨を削ることになる提供元部位に負担がかかるし、他人からの移植の場合は感染症のリスクもある。リン酸カルシウムでできた人工骨を使う方法もあるが、体内に埋め込む前に材料を焼き固める必要があり、本物の骨に置き換わるまでに時間がかかる。

株式会社ネクスト21が開発を進めているのは、インクジェット技術による人工骨だ。まず患部にCTスキャンを掛け、コンピュータ上で3Dデータを作成する。このデータを3Dプリンターで印刷し、患部の石膏モデルを作る。石膏モデルに対して、専門家が特殊なワックスを使って欠損部分を埋めていく。ワックスにはX線の吸収材料が含まれているので、X線撮影を行うとワックスの部分だけの3D形状を取り出せる。あとは、欠損部分の形状を3Dプリンターで出力し、患部に埋め込むというわけだ。

同様の研究は、ベルギーLayerWise社も行っている。同社はHasselt大学と協力し、83歳の女性に3Dプリンターで作成した顎の骨を埋め込む手術を行った。LayerWise社はチタン粉末をレーザーで焼き固める方式の3Dプリンターを使っている。

コンピューターでモデリングし、3Dプリンターで生成した顎の写真
[写真] コンピューターでモデリングし、3Dプリンターで生成した顎。

photo credit :LayerWise

オーダーメイド医療は何をもたらすのか

パソコンや携帯電話などの例を持ち出すまでもなく、新技術は価格があるラインを下回った途端、爆発的に普及が進む。1000ドルでゲノム解析のできるDNAシーケンサーは、この段階に達そうとしている。1000ドルはまだ高いと感じる人も多いだろうが、いったん1000ドルが実現されたら、競走に拍車がかかってさらに安くなるのはほぼ間違い。

現在の「オーダーメイド医療」は、遺伝病や現在患っている病気に対する治療が中心だ。しかし、多くの人が自分のゲノム解析データを持つようになり、さらに企業がこのデータにアクセスを許されるようになれば、これまでにないビジネス展開が始まることになるだろう。肥満対策や肌の手入れといった、日々の健康を管理するサービスや商品は続々登場するだろうし、生命保険のプランにも影響が出てきそうだ。医療においても、きめ細かく薬の処方や治療方針を決められるようになるので、患者の満足度向上や医療費の低減につながる。

しかし、こうした展開を可能にするためには、ゲノム解析データの扱いについて議論を重ね、指針を決めていく必要がある。生命保険会社が保険加入者にゲノム解析データの提供を求めてもよいのか? 出生前診断はどこまで認められるべきなのか? そもそも解析データは、誰がどう管理すべきなのか? 個人や企業の利便性を追求しすぎると優生学的で息の詰まるような社会につながってしまうこともありえる。

3Dプリンターの進歩も要注目だ。医療分野で現在実用化されつつあるのは人工骨だが、3Dプリンターで細胞を立体的に配置して人工臓器を作るバイオファブリケーションという考え方も登場してきた。現段階では細胞を配置するだけであり臓器の実現にはほど遠いが、再生医療の研究と合わさることで、研究が進展することを期待したい。

ゲノム解析とそれを利用した医療やビジネスの展開、3Dプリンターによる体内器官の作成。新技術によるオーダーメイド医療は、今後より一層、人の健康的な暮らしに貢献していくだろう。

Writer

山路 達也

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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