No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

遠隔医療が実現するメディカル・イノベーション

2012.11.12

トーマス・H・ヘイル(マーシー・ヘルスシステム イノベーティブケアセンター メディカル・ディレクター)

マーシー・ヘルスケアシステムズは、アーカンソー、カンザス、ミズーリ、オクラホマ4州で32病院を傘下に持ち、200年近い歴史を持つ医療管理機関である。同機関のセンター・フォア・イノベーティブケア(革新医療センター)のトーマス・H・ヘイル医師は、遠隔医療を提供するバーチャル・ケアセンターを推進している。いつでもどこでも最良の医療を受けることができ、医療コストを削減するバーチャル・ケアセンターの構想は、次世代の医療として、すでにその有効性を証明している。

(インタビュー・文/瀧口 範子 写真/Lou Bopp)

都市部と郊外の医療格差を埋める

──マーシー・ヘルスケアシステムズでは、ミズーリ州セントルイス近郊にバーチャル・ケアセンター建設を計画しています。どんな目的で、センターを作られるのでしょうか。

バーチャル・ケアセンターは、マーシーの革新医療センターの一事業として計画されています。革新医療センターが開設されたのは約3年前のことで、その背景にあるのは、コストが高く多くの人に医療が行き渡らないという、アメリカの深刻な医療問題です。マーシーではすでに電子医療記録を整備して、各病院と1700人の医師がアクセスできるデーターベースを統合しました。この土台の上に次に目指しているのが、患者の遠隔診療を行うことです。十分な医療を受けられるかどうかについて、アメリカでは都市部と田舎とで大きな開きがあります。マーシーでは、60%の医療が農村部で行われており、電子医療記録を軸にコーディネートされた遠隔医療の手法を構築することで、田舎の患者の医療に役立てようと考えています。建物の完成は先ですが、すでに70件のプロジェクトを進めています。

バーチャル・ケアセンター完成予想図の写真
[写真] バーチャル・ケアセンター完成予想図

バーチャル・ケアが実現できること

──このセンターが行うバーチャル・ケア(遠隔医療)には、具体的にどんな活動が含まれるのでしょうか。

4つあります。ひとつはモニタリングです。マーシーではもう6年前から「セイフウォッチ」と呼ばれる仕組みがあり、その中でeICU(電子ICU)のシステムを採用しています。これは、傘下病院のICU(集中治療室)のベッド425床を常時、ここセントルイスから遠隔モニターするというもので、いわばバーチャルな回診として患者の異常を早期発見できるようにしています。マーシーのeICUは現在世界最大規模です。モニタリングはICUだけでなく、慢性呼吸疾患の患者が入院するような長期医療施設にも広げています。今後は、遠隔診療を行う電子病院(eホスピタル)や介護機関にも適用ができます。

──活動の一部はすでに始まっているということですね。

そうです。そして、ふたつ目が医師を介入させる診療で、好例は出産医療でしょう。出産リスクの高い妊婦を診察する専門病院がここセントルイスにありますが、全米的に見ると出産医療の専門医の数は多くありません。そこで、イリノイ州の2カ所に施設を設けて、そこから患者をバーチャルに診察します。やり方は通常の診察と同じで、まず患者側にいる看護士が超音波を測定し、その画像を専門医の元へ送ります。医師の前にはモニターがいくつも並んでいて、患者とビデオ会議をしながら、超音波画像を確認し、さらに別のスクリーンに表示された医療記録を参照するという具合です。

──患者にとっては、遠くまで出かけなくていいということですね。

そうです。情緒的に不安定な時期にある妊婦にも、この遠隔診療は医師と満足なやりとりができるものとして評価されています。看護士と患者を結んだeICUのモニタリングの運営から学んだことですが、双方向で互いの顔が見えることによって、患者が看護士の指示を理解し、それに従う率が50%ほど上がるということもわかっています。当初のeICUは、患者の画像だけが見える一方的なものでした。人間なので、顔を見てやりとりできることの意味は大きいのですが、同時に医師がその場にいなくても、スクリーンを介しただけの関係性にも十分適応しているということがわかります。

──出産医療以外の目的にも使われているのでしょうか。

「テレストローク」というアプローチでも使っています。たとえば、アーカンソー州の田舎の小さな病院のICUに脳卒中の初期症状がある患者が運ばれてきたとしましょう。われわれは、その病院とセントルイスにいる神経科医をつなぎ、神経科医がMRI(磁気共鳴画像)を見て、血栓溶解剤を注入しても安全かどうかの判断を下すのです。そのようにして脳卒中が実際に起こるのを防いだ例がたくさんあります。

──バーチャル・ケアの残り2つの要素は何ですか。

3つめは、非同期的な診療です。iPhoneに付けた医療デバイスで測定したデータや画像などをメールに添付して医師にメッセージを送ると、医師が一定の時間内に返答をするというものです。皮膚科の診療などは、かなりこの方法で行われるようになるでしょう。4つめは、保存および転送と呼んでいるものです。レントゲンや超音波、脳波、心電図などの測定値をひとまとめにして保存し、専門医に転送して、そこで診断してもらうというものです。非同期的診療は患者と医師との関係ですが、こちらは医師同士で行われるものです。

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