未来を切り拓く半導体への期待:札幌の高校生が描く2040年の社会
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クラウド・エッジコンピューティング、IoT、Industry 4.0からAIや自動運転、AR/VR。テクノロジーの中心にあるのは、半導体だ。その市場規模は2030年頃には現在の2倍近くにまで拡大すると予測され、極めて大きな成長ポテンシャルをもつ。そんな中、求められているのは「人材」だ。
東京エレクトロン(以下:TEL) は、産学連携やインターンシップといったさまざまな取り組みを通じて、人材の育成に力を入れている。今回は、市立札幌旭丘高校の生徒に向けて開催された授業をレポート。「半導体の技術革新がもたらす未来」はどのようなものかを、グループワークを通じて考えた。今の若者が考える未来の社会とは、果たして?
半導体の現状や北海道との関係を知る
まずはさまざまな角度から、半導体の基礎知識を学ぶ。
授業は、TELの社員 山田による「半導体とは何か?」の解説からスタートした。特任助教授として教鞭を取った経歴をもつ山田は、半導体はスマホやAI、自動車、人工衛星といったさまざまな電子機器を支えており、“産業のコメ”と呼ばれていることや、半導体の製造工程などを分かりやすく説明。

半導体回路をつくる微細加工技術の説明では、「直径30cmのウェーハに2nm相当の加工を施す」加工技術の精度を、鉛筆の芯(2㎜)と北海道の大きさ(東西約300km)に例え、北海道ほどの大きさの基盤に鉛筆の芯ほどの加工をおこなって回路をつくるようなイメージと説明。半導体をつくる技術のスケールがいかに微細であるかを生徒たちに実感してもらいながら、半導体チップの基盤である実際のウェーハが回覧された。普段は手で扱うことはできない黒い鏡のようなウェーハを間近に見た生徒たちからは「この薄い板が半導体チップになって、いろんな電子機器を動かしているなんて不思議」「北海道と鉛筆の芯の例えが、身近な例ですごく分かりやすい」といった声が挙がる。

続いて、AIを活用した半導体製造装置の開発に挑むTEL社員 五十嵐が「半導体×北海道」と題して講義を展開。北海道は広大な土地や豊富な地下水、優れた交通インフラ、再生エネルギーの発電ポテンシャルなど、半導体の製造に必要となる条件と相性が良いことや、北海道の基幹産業として、今後いっそう半導体人材が求められることを紹介した。

最も盛り上がりを見せたのは「進路」の話だ。受験を終えた高校3年生、進路を考え始める1年生、それぞれの視点から興味津々な様子。半導体を学べる大学や学部をいくつか紹介した上で、五十嵐は「じつは、どこの学部かは就職にはさほど関係ありません。大切なのは、半導体に興味をもつこと」だと話す。半導体はさまざまな知の集合体でできているため学んだことを生かせる環境が圧倒的に多いからだという。化学やロボット、データサイエンスや経済学といった、一見全く異なるように見える知識も必ず役立つと聞き、自分の進路と半導体がぐっと身近に感じられた生徒もいたようだ。
最後は、千歳科学技術大の山田崇史教授による、導体や回路、論理演算記号といった“理論”や“仕組み”の解説。「難しいからまだ分からなくていいけれど、ぜひ入口にふれてみてほしい」と専門的になったレクチャーに「大学で勉強すれば、こういうことを理解できるようになるんだ」「詳しくは分からないけど、やっぱり半導体ってすごい技術なんだ」と生徒たちはワクワクものぞかせた。

“技術進化が15年後にもたらす未来”を思い描くグループワーク
今回のメインプログラムは、4班に分かれて取り組むグループワークだ。テーマは「2040年には半導体技術が発展して○○になる、もしくは○○ができる」。今後、半導体技術がさらに発展することでどのような未来がやってくるかを考え、発表する。
ディスカッションが始まるやいなや、各班大盛り上がり。多くの班が楽しげに出し合っていたのは「そろそろ手が届きそうな未来」のアイデアだ。

例えば、半導体も電子機器も、これまで以上に小型化・省電力化が進むはず。「身に着けるガジェットが今以上に小さくなれば、すでに電子マネー決済に対応した指輪などがあるけれど、薬を投与したり体調や病状の管理を支援するような便利な機能を体内に直接埋め込めるのでは?」と、1班は盛り上がっていた。

3班は、データ処理の高速化や保存量の増加に目をつけた。エッジAI(端末に搭載され、クラウドを介さず動くAI)がさらに高性能化するだろうと考えた4班は、「クマの検知システムをつくれるんじゃない?」と、地元の課題解決にもなる面白い活用方法をブレストする。

その中で2班は、半導体技術の発展によって、これまでさまざまな社会課題が解決されてきたことに着目。「空飛ぶクルマの実用化」というアイデアと、SDGsが掲げる目標のいくつかを紐づけながら、空飛ぶクルマがどんな社会貢献をもたらすかを考えていった。

そして、議論が深くなればなるほど、悩ましい課題として語られていたのが「技術が進化したとして、本当に実用化できるのか?」という疑問だ。法律や倫理観にまつわる懸念点が、各班で話し合われた。
五感を操るデバイスに、空飛ぶクルマ。夢の未来は近い
白熱した40分ほどのディスカッションを経て、プレゼンテーションの内容をまとめた生徒たち。15年後の未来に思いを馳せた彼らから、いったいどのような答えが飛び出したのだろうか?
1班 2040年には“感覚を操れるように”なる!
2010年から2025年までの15年間では、インターネットやスマホが普及し、遠くの物事が“ちょっとリアル”に感じられるようになった。たとえば、2010年には「アメリカの自由の女神像の現在の様子」を気軽に見ることは難しかったが、ライブカメラやビデオ通話などを通じて、今では誰もがその映像にアクセスできる。
ここからの15年間で半導体が小型化すれば、電子機器も小さくなり、体内に直接埋め込めるチップも生まれるはず。そうすれば、人間の五感に直接アクセスできるようになり、これまで見られなかった物事が“マジリアル”に感じられるようになるのでは? というブレイン・マシン・インターフェース(以下、BMI)の構想が1班だ。

「人間の目で見ている映像は8Kだというが、そのくらいのデータ量は高速処理できるようになりそう。微弱電流の力で料理の塩味やうまみを増強させるスプーンが開発されていると思えば、感覚に働きかけることは夢じゃないはず」と、具体例もまじえた考察が続く。
「音楽ひとつ取っても、2010年にはアナログのCDを借りて、太い有線コードでiPodにデータを移し、ようやく聴けていたと思う。その時代から15年間で、電子機器がこんなにも進化するとはみんな思っていなかった。それなら、2040年の技術にも、いま想像できる以上の進化を期待してもいいはず。そんな夢のあるアプローチで考えてみた」と、発表を締めくくった。
2班 2040年には“空飛ぶクルマ”が普及する!
「空飛ぶクルマでどんな社会課題を解決していこうか?」という視点を持ってディスカッションしていた2班。現代社会の問題として、災害時に軽快に動く乗り物が少ないことと、自動車の動力源が環境によくないことをピックアップした。

「空飛ぶクルマなら災害時にも動きやすく、ヘリコプターでは行きにくい山間部などにもアクセスできる。信号などで停まることがないため、エネルギー消費量も少ないはずだ。半導体の技術発展によって『最強の汎用人工知能AGI』と『最強の通信インフラIOWN』が進化すれば、きっと空飛ぶクルマが実現し、社会課題の解決に貢献してくれる」。
クルマを飛ばす技術そのものについては、すでにトヨタ社が開発を進めているニュースを見つけ、2040年までには実用化していると見込んだ。
“エコで、コンパクトで、安全な最強の移動手段”——こんなキャッチコピーで、空飛ぶクルマの普及を掲げた2班。汎用人工知能の活用に基づいたアイデアと、社会課題に基づいて新技術の使い方を検討していく姿勢が評価された。
3班 2040年には“新しいかたちでのロボット技術の利便性が増す“!
3班は、ロボット技術の向上がもたらす具体的な活用先と課題まで論を展開。
「人工心臓や義手・義足・義眼などは、脳の信号を受け取れるようになり、より利便性が増すと思う。また、世界中の人のデータを集積することで、感情を持ち、ときには失敗もするようなロボットが誕生するのではないか。ただ、新しい課題も出てくるだろう」と、法整備や倫理観の問題を提示した。

4班 2040年は“エッジAI”が身近な社会になる!
大きな夢を語った1班とは逆に、2040年にしっかり実現できそうなアイデアを検討していった4班。エッジAIを扱う企業でインターンしている生徒もいたため、議論は「すでに注目されているエッジAIを、2040年にどう生かすか?」という方向で進んだ。

「デバイスそのものにAIを取り付けて、少量の情報ならデバイスのみで処理できるエッジAIは、クラウドを介する現在のAIよりも遅延や消費電力が少ない。2040年にはメモリや処理性能も高まるため、いっそうさまざまな場面での導入が予想される。テニスボールを打つときの音を認識してトレーニングの精度を高めたり、心臓の音から肉体の異常を検知したり、リアルタイム性が求められる分野で役立つのではないか」と、地に足の着いた提案をプレゼン。“AIと人間の共生”がポイントだとして、リアルな日常生活にAIが溶け込んでいくことへの期待感をふくらませた。
半導体がもたらす明るい未来は、若い世代の手に
それぞれに力のこもったプレゼンテーションが終わり、TEL 装置インテリジェンス開発部部長の茂木、千歳科学技術大学の山田教授、市立札幌旭丘高等学校の坂庭先生によって審査がおこなわれる。「この短時間で、よくぞこれだけ議論してまとめ、発表できたと思う」と、生徒たちの底力を称賛する声も多かった。優勝したのは、“五感を操るBMIの進化”に期待を寄せた1班。TELオリジナルの元素記号カードゲームと、大きな拍手が贈られた。

最後にオフィス見学と自由な懇談の時間を設けられ、イベントは終了。居合わせた社員たちに、手に入れたばかりの元素記号カードゲームを挑む生徒たちもおり、和気あいあいとした時間が流れていた。


「じつは半導体についてほとんど知らなかったけど、面白かった! オフィスもきれいで、こんなところで働いてみたいと思う」「半導体は“機械の中にあるなんだかすごいもの”という漠然としたイメージだったが、開発している人の話を聞いたり、それを使った未来を想像してみたりして、興味がわいた」などと、イベントを終えて満足げな生徒たち。
半導体の進化はこれまで目覚ましいスピードだったが、進化を牽引した微細化は、そろそろ物理的な限界に近づいているという説もある。だが、それはこれまでも何度も囁かれてきたこと。「業界が掲げる技術ロードマップに則り、製造装置の性能を伸ばしていくことで限界を突破し続けるのが、我々の仕事」と、講義の中でTEL社員の山田は語った。半導体が高性能になればなるほど、使い道の夢も広がる。イベント内で語られた未来を実現するのは、いま業界にいる世代だけではない。今日グループワークで目を輝かせていた生徒たちの世代が、これからの半導体業界を背負っていく。