XR時代を実現する半導体
-「憧れた未来の暮らし」をTELの技術が支える
Technology

現実世界と仮想世界を融合する「XR(エックスアール/エクステンデッドリアリティ)」が、暮らしを大きく変えようとしている。その中核を担うのがARグラスと、それを支える半導体技術だ。最先端のデバイスはどのような仕組みで成り立ち、どんな未来を拓くのか。半導体製造装置メーカーの東京エレクトロン(以下:TEL)の技術貢献や取り組みから、その現在地に迫る。
プロフィール
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樋口 卓也
東京エレクトロン Innovation X Lab. フォトニクス開発グループ グループリーダー/工学博士。ドイツのエアランゲン大学やマックス・プランク研究所で光の研究に携わってきた経験を活かし、TELに入社。2022年より現部門にて、TELのプロダクトで貢献できる新しい技術・デバイスの検討に携わる。2022年に優秀社員賞受賞。
*本記事を作成した2026年6月時点の情報です。
XR市場の拡大と、求められる基盤技術
いま注目されている「XR」とは、どんなものなのでしょうか。
樋口
「XR」とは現実世界と仮想世界を融合し、新たな体験を生み出す技術の総称です。
例えば、ゴーグルを着けて仮想世界だけに没入するVR(ブイアール/バーチャルリアリティ)。透明なメガネを通して目で見える現実世界に、映像や情報を重ねて投影するAR(エーアール/オーグメンテッドリアリティ)。ゴーグルやカメラなどを通じて、現実世界に仮想オブジェクトを重ね合わせて表示するMR(エムアール/ミックスリアリティ)。
そうした技術をまとめてXRと呼び、いま高度化が進んでいます。まだ普及段階にはありませんが、試作品や初期の製品として、現実世界に重ねてAIからの文字情報を表示できるARグラス(眼鏡)も生まれてきました。
そうしたXRの発展によって、近い未来、暮らしはどのように変わっていくのでしょうか?
樋口
「人と情報の付き合い方」が変わっていくと思います。ARグラスを身に着けて街を歩けるようになれば、リアルタイムの外国語会話に字幕を表示したり、スマホを触らずにAIアシスタントを使ったりすることが可能になるでしょう。さらに、空間中に案内表示などのオブジェクトを配置しておくことで、知らない街で乗りたいバスの停留所や運賃だけを表示したり、行きたい場所への道案内を閲覧したりもできるようになるはずです。
いま、車でどこかに行くとき、多くの人がカーナビを使うように、未来はどこに行くにもARグラスをかける時代が来るのではないでしょうか。ARグラスやAIにすべての行動をサポートしてもらうことで、人はさまざまな検索などにかかっていたコストを手放し、自分が本当にやりたいことにフォーカスできるようになると思います。

そんな暮らしを支えるARグラスとは、どのような仕組みのデバイスですか?
樋口
まず、ARグラスのレンズには、ガラスのような板が使われています。透明なので普通の眼鏡と同じように外の景色をそのまま見ることもできるし、映像を映し出すことも可能。つまり、外の風景とデジタル映像を同時に見られるのが特徴です。
ARグラスのつるの部分には、レンズに映像を映すための小さなプロジェクターがついています。ただし、つるから出される光はまっすぐ前に進んでしまうので、そのままでは目に届きません。光の進む方向をコントロールし、眼鏡のレンズに映像を映し出さなければならないのです。
ここで重要になるのが「全反射」という現象と「回折格子(かいせつこうし(Grating、グレーティング))」という構造の組み合わせです。「全反射」という現象は、例えば水の中から水面を斜めに見たときに、鏡のように反射して見える現象のこと。同様の現象が透明な板の表面でも生じるため、透明な板には、その中に光を閉じ込めながら伝搬させられる特性があります。
しかし、全反射で光を閉じ込めるだけでは、光を目に届けることはできません。そこで「回折格子」と呼ばれる、目に見えないくらい細かい溝や穴がたくさん並んだ構造を活用します。回折格子に光を通すと、もとの光とは違う方向に光を曲げることが可能です。この効果をうまく使うことで、プロジェクターからまっすぐ飛んできた光の方向を、透明な板の中で閉じ込めたり、逆に板に閉じ込められた光を外に取り出したりできます。このように、光の通り道をコントロールして映像を目に届ける光素子を「光導波路(Waveguide、ウェイブガイド)」というのです。
ARグラスに映像を投影する方法は、過去からさまざまなやり方が議論されてきました。その中で量産体制にとっても現実的なのは、この光導波路だと考えられています。

TELの半導体技術が切り拓く、ARグラスの未来
ARグラスの仕組みや製造に対し、TELの技術はどのように貢献しているのでしょうか。
樋口
回折格子は、数百ナノメートルほどのとても小さな周期をもっています。これは、光の波長と同程度。その最適なパフォーマンスを得るためには、周期よりもさらに細かな構造の制御が必要です。また、ARグラスのレンズを通じて見える視野を広げるには、全反射ができる角度を広くすることが大切。そのためには屈折率の高い材料を使いたいので、通常のガラスよりも屈折率の高い特殊なガラス材料や、炭化ケイ素といった特殊な素材が採用される見込みです。ただし、これらの材料は硬く、加工が難しいという特徴があります。
このように、光を操るためのとても小さな構造をつくったり、加工の難しい素材を加工するには、TELの半導体製造技術が大いに役立ちます。半導体デバイスの製造において日々扱っているナノメートル規模の構造をつくりこむ技術があれば、光の波長よりも小さな構造を精度よくつくることが可能。特殊なガラスや炭化ケイ素は取り扱いが難しいものの、ウェーハ(半導体デバイス製造に用いるシリコンなどの円板状基板)と同じサイズに切り出すことで、半導体製造装置を用いた適切な加工ができるのです。半導体デバイス製造で培われたTELの成膜技術・エッチング技術・コーティング技術などを組み合わせることで、量産性に優れたデバイス製造技術を提供できます。
これまで長らく研ぎ澄ましてきた半導体製造技術を転用することは、ARグラスという新しいデバイスを量産するための最短ルート。これは、TELにとっても大きな事業機会です。

土台があっても、技術や装置の転用には課題も多いと思います。XRに関わる研究において、難しいのはどんな部分ですか?
樋口
もちろん、技術をストレートに転用できる部分もあれば、さまざまな応用を効かせないといけない部分もあります。特に大きな違いは、扱う素材が透明であることです。例えば、ウェーハが装置の中に入っているか知りたいときには、ウェーハに光を当てて状態を調べます。しかし、ARグラスの素材は透明なので、同じように光を当てても調べることができない。サイズ感は似ていても、素材の熱伝導率や電気的な特性はまったく違うため、適切な製造方法は都度考えていかなければなりません。
例えるなら、キッチンはあって包丁やお鍋は使えるし、野菜の切り方は分かるけれど、初めての料理をつくるような状態でしょうか。ただし、半導体という難しい料理を長年つくり続けてきたTELが、とてもいい包丁と調理の技術をもっているのは間違いありません。
ほかにも、ARグラス製造におけるTELの強みはありますか?
樋口
製造装置の安定稼働を支えるサービスも、TELの大きな強みですね。将来、何億台規模でARグラスを量産するためには、そうした信頼性がとても大切です。
もちろん、新しい技術やデバイスの生産は、一社だけでできることではありません。半導体の世界のように、装置メーカーや材料メーカーといった多様なプレイヤーが連携するエコシステムによって、初めて成立するものです。だからこそ、TELはXRデバイスにおけるエコシステムの構築も目指していきます。装置メーカーとして確かなプロダクトやサービスを提供することで、その一助となれるはずです。

光学やフォトニクス分野に関する国際的な専門学会だ
TELのリードで、新時代のXRエコシステムを
半導体技術そのものの進化は、ARグラスにどんな影響をもたらしますか?
樋口
光導波路などの一部の光素子だけがあっても、ARグラスを通じた魅力的な体験をユーザーに届けることはできません。ARグラスを通じて、日常的に思い通りのAIサービスを提供するためには、これまで以上に強力なAIや、それを実現するための情報基盤が必要で、その発展は半導体の進化によって支えられています。
また、ARグラスそのものの中でも、半導体は鍵となります。ARグラスのように日常的に持ち歩いて使うデバイスでは、その性能と消費電力の低減の両立が必須です。例えば、負荷の高い計算をポケットの中のスマートフォンにおこなわせるなどの工夫も考えられますが、それでもARグラス自体に高速な通信や映像表示の技術が不可欠。そこにも高度に進化した半導体が必要になってきます。
TELは半導体の技術革新に貢献するために、常に活動を続けています。その結果として、便利なデバイスが日常に定着し、人とAIの距離がいっそう縮まる未来は、さほど遠くないはずです。半導体の需要もますます喚起され、業界の更なる発展につながっていくと考えています。
半導体製造技術を通じて、XRのような未来の技術に関わるやりがいを教えてください。
樋口
初めて登場したときは体育館ほども大きかったコンピュータが小さくなり、パソコンになってスマホになって、誰もがもち歩けるサイズに進化したのは、半導体を小型で高性能にする製造技術の進化があったからです。その大きな変革は、また次の世代のライフスタイルも変えていきます。
子どもの頃は、電車の中で細長く折りたたんだ新聞を読んでいる大人がたくさんいました。今は誰もがスマホをのぞいているけれど、手がふさがるそのポーズだって、じつは人間にとって自然な姿勢ではないかもしれません。でも、ARグラスのような眼鏡型のデバイスが普及すれば、人はもっとシームレスに情報にアクセスできるようになります。人と情報の付き合い方が、半導体の進化によって変わっていく。その未来の景色のために、TELは新たなデバイスを実現する製造技術で、貢献していきたいと考えています。

最後に、XRの発展によって、いずれ人はどんな未来を手に入れると思いますか?
樋口
例えば……人はこれまで、自分自身をどこかに届けることはできませんでした。電話で声を、動画で姿を送ることはできても「人がそこに存在している感覚」までは送れなかった。でも、XRが進化すれば、体をここに置いたままリアルな存在をどこかに飛ばすことができるようになるのではないでしょうか。さわらなければ、そこにいるのと同じくらいリアルに、バーチャルな自分を相手のそばに投影できる。それは、人が場所に縛られなくなる未来の到来です。
そんなSF映画や漫画のような時代は訪れるのでしょうか。でも、振り返ってみると、人類には想像できる未来のアイテムを確かにつくり上げてきた歴史があります。XRによって実現する未来も想像できているのですから、必ずいつか実現できるものだと信じています。「こんなものがあったらいいのに」という憧れを形にしていくために、TELの技術で社会を牽引していけたらと思います。

