No.007 ”進化するモビリティ”
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交通インフラ・交通システム

北極を通るメリット

1つはコストの削減がある。一般的な南回り航路、マラッカ海峡を通りスエズ運河を通るルートと比較すると、航行距離は平均6-8割程度に短縮される。すなわち燃料費を削減できる。2つ目は航行日数の短縮。北極海沿岸では、砕氷船のエスコートや流氷の存在等により南回り航路よりも速度は落ちるが、それでも日数の短縮になる。アジア-オランダ間で、スエズ運河航路と比較した場合、たとえば北海道の港湾からの出航で、北極海航路を利用すると19日。南回り航路でスエズ運河を経由すると29日。圧倒的な日数削減である。出航が台湾の場合は2日ぶんの短縮、香港発ではどちらの航路でも同じ日数になる、とされている。*1

3つ目のメリットは安全性である。南回り航路では、3つのチョークポイント(重要な航路が集まっているエリア)を通過する必要がある。海賊の出現エリアとなっているソマリア沖とアデン湾、幅が狭く浅瀬で海賊も出現しているマラッカ・シンガポール海峡、そしてテロのリスクを抱えているホルムズ海峡を通過しなくてはいけない。北極海航路ではこうしたリスクが無いのだ。また、タンカーや輸送船がより大型化する傾向の中で、スエズ運河などの狭い海路に限界が来ているという事情も後押ししているようだ。

各国の動きと鍵を握るロシア

2014年7月、日本の海運会社である商船三井は、北極海を通る世界で初めての定期航路運行を2018年に開始することを発表した。こうした商用化の流れが開始されようとしている背後で、北極海航路の鍵を握るロシアをはじめ、中国や韓国、アイスランドなど、国際政治の舞台で様々な動きが見られる。

まずは北極海をめぐる国際的な制度面の確認をしてみよう。北極海沿岸国であるアメリカ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、ロシア、そして北極海に接続する海域に位置するアイスランドとスウェーデン、北極圏に国土を持つフィンランドを加えた8カ国は、1996年に、政府間協議のための北極評議会を設立している。日本や中国は評議会にオブザーバーとして参加している。また、沿岸国は,2008年にイルリサット宣言という共同宣言を採択。北極海には既存の国際法の枠組みが適用されること,そして北極海のための新たな法的枠組みの策定は必要ない、というコンセンサスを共有している。日本もこの宣言を支持している。

北極海は特定の国家の管理下にあるものでは無く、また南極のような大陸でもない。北極海はその名の通り、国連海洋法条約などの海洋法が適用される"海"である。海洋法の規定では、陸地から12海里の領海以外は公海とされ、船舶の航海については"公海自由"の原則が適応される。ただし、氷で覆われた水域については、沿岸国が特別なルール設定をしてもよい、という例外規定がある。これを利用して、北極海航路で大きな存在感を示しているのがロシアである。ロシアは北極海航路の航行については、事前の届け出と原子力砕氷船の同行を義務付けている。つまり、北極海航路は、事実上ロシアの許可がなければ通ることはできないのだ。

航行許可窓口のウェブサイトの写真
[写真] 航行許可窓口のウェブサイト。 http://www.arctic-lio.com/nsr_howtogetpermit

ロシアは、ソ連時代から北極海に面した地域を軍事的に重要な場所として認識していたが、常にそこには氷の海が立ちはだかっていた。国際政治を地理や地形の視点から捉え直す地政学(Geopolitics)という学問がある。20世紀初頭の地政学者ニコラス・スパイクマンは、ロシアにとっての北極海を"障壁"として見た。スパイクマンによれば、たとえば日露戦争の敗因の一つは、ロシアの地政学的な弱点、すなわち北極海という障壁によってヨーロッパとアジアの通路が分断されていたからだ、と見る。北極海航路が開通し、広大な国土を海を介して繋ぐこと、そして自国の西と東の分離という地政学的な弱さを克服することは、ロシアの悲願といっても言い過ぎではない。

ロシア以外では、中国や韓国も、南回り航路のリスクやコストの代替として、また北極という資源と軍事の重要なエリアへのアクセスを巡って、活発な動きをみせている。中国はグリーンランドやスウェーデン、アイスランドなど沿岸国への積極的な外交政策を行い、ロシア北極海沿岸への投資も行っている。韓国も、ノルウェーやグリーンランドと北極海航路と資源の開発について協力関係を構築し、また東アジアのトップハブ港である釜山港を、北極海航路の海運でも活用しようとしている。砕氷船開発の技術も韓国はリードしている。

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