No.007 ”進化するモビリティ”
Scientist Interview

個人と都市の関係を再考するきっかけに

──パーソナルモビリティの未来像について、どういったカテゴリーのプロダクトになるかといった予測があれば、お聞かせください。

これまでのモビリティ(クルマなど)は高機能化することによってニーズに応えてきました。庶民の手軽な足だった軽自動車は、室内が広くなり、装備も充実して、今では普通自動車と変わらぬクオリティになった。1つの個体がニーズをどんどん包含していったわけです。

一方、パーソナルモビリティは、多様化した個体の総体によってニーズに応えるようになるでしょう。

屋内外をシームレスに使うためには小型軽量でなければなりません。自ずと搭載する機能は絞り込まれます。ただ、小型軽量ゆえに折り畳めるなどクルマではありえない提案が生まれる。さらにはハンドル型、ジョイスティック型、セグウェイのようなユニークな操舵方法もある。そもそも障害者の身体特性と生活スタイルは個人個人異なっていて、それに対応すべく多様な提案が求められています。

また高速道路に乗れないかわりに、対衝撃性のための部品が減って車重が軽くなり、電動化によって構造がシンプルになります。そのため、設計のマネジメントもしやすく、モノづくりの在り方が変わり、中小企業の参入も増えてくるでしょう。今後、多様化が進むはずです。

同時に、所有ではなくシェアが中心になるかもしれません。多様化した総和の中から、自分のニーズによってパーソナルモビリティを選択する社会が来るでしょう。

今までは、通勤、近所の買い物、旅行など1台のクルマで多用途に応えてきました。でも、たまにはオープンカーに乗りたいし、キャンプに行く時は四輪駆動がいい。やっぱり近所の買い物にはコンパクトカーがいいなど、ひとりのユーザーにもさまざまなニーズがあります。

本当に豊かな生活というのは、こうした場面場面で変わる自分のニーズに合わせて、自由に選択できることのばず。所有すると、その償却のタスクを負わなければならない。それって、不自由ですよね。

多様化したパーソナルモビリティを、場面場面に応じて使い分けるのが、私たちが望む未来像でしょう。

──プロダクト単体の話ではなくなりますね。

今度の東京オリンピック開催を機に、東京のモビリティも変化するかもしれません。中心部へのクルマの乗り入れを制限する「ロードプライシング」の可能性もある。クルマが入ってこない道路では、パーソナルモビリティの活用が増えそうです。

特にインバウンド向けには、誰でも借りられるシェアサイクルなどの仕組みが必要になってくるでしょう。現在、百貨店や空港、商店街といった事業者と手を組み、街のインフラとしてパーソナルモビリティを導入してもらう構想を描いています。

また、近距離圏を低速域で走るパーソナルモビリティだからこそ実現できるライフスタイルも考えてみたいですね。今までのクルマは効率重視で人、モノを運んできた。歩車分離された高速道路、バイパスなどの無機質な街の光景に、私たちはなにかしら違和感を持っているはずです。

もし、人がゆっくり動けば、街の光景が変わりますよ。道の草木に意識がおよび、周囲とのコミュニケーションも生まれる。街のことを知れば、そこに愛着が生まれる。地域とのつながりが広がっていくはずです。

効率的で画一的な「ファストフード」に対して、その土地の食文化や食材を見直す「スローフード」という概念がある。モビリティにおいても、クルマという効率重視の「ファストモビリティ」に対して、「スローモビリティ」という新しい概念のライフスタイルをパーソナルモビリティで実現したいと思っています。

Profile

磯村 歩(いそむら あゆむ)

モビリティデザイナー、株式会社グラディエ代表取締役、金沢美術工芸大学 非常勤講師、桑沢デザイン研究所 非常勤教員。

1966年愛知県常滑市出身。89年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム入社。デザイナーとしてビデオカメラ、デジタルカメラ、医療用機器などのプロダクトデザイン、インタフェースデザインに従事。ユーザビリティデザイングループ長としてデザイン戦略立案とHCD開発プロセスの導入と推進を担う。

2010年退社後、株式会社グラディエを設立。同年、北欧福祉の研究のためEgmont HøjskolenとKrogerup Højskolen(いずれもデンマーク)に留学。

現在は主に、パーソナルモビリティのデザイナー/コーディネーターとして活動している。パーソナルモビリティコンセプト「gp1」の東京デザイナーズウィーク2012に出展、東急電鉄やセグウェイジャパンとともに地域モビリティ検討コミュニティ「QUOMO」を運営、日本橋三越と連携したショッピングモビリティやトラベルモビリティの実証実験、岡山県赤磐市でのパーソナルモビリティ導入支援、パーソナルモビリティの展示会企画、モビリティ関連のワークショップの企画・ファシリテーションなども行う。

日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、グッドデザイン賞選定など受賞多数。著書に『感じるプレゼン』(UDジャパン)がある。

http://www.gradie.jp/

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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