No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載01 人工知能の可能性、必要性、脅威
Series Report

第2回
人が生み出した人を超える知性

 

  • 2016.03.01
  • 文/伊藤 元昭

これから私たちは、人工知能と共存しながら、よりよい生活、ビジネス、社会の実現を目指すことになる。人間の知能と人工知能は、異質な知性である。認識、洞察、判断、そして未来を予測する能力において、ある部分では人工知能が人間の能力をはるかに上回り、別の部分では足元にも及ばない。異質な知性といかに向き合っていくかは、これから生活する上でも、仕事をする上でも大きなテーマになることだろう。孫子曰く、「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」。まずは人工知能とは何なのか、よく知ることが重要だ。連載第2回の今回は、人工知能の特徴と進化の方向を、簡単な技術解説を交えながら紹介する。

人工知能の研究の歴史は、意外と長い。1950年代から研究が活発に行われ、1956年に計算機の研究会に参加した研究者たちは、「やがて人間の知能は機械でシミュレーションできるようになる」とし、計算機と認知学の学者ジョン・マッカーシーがそこで初めて「Artificial Intelligence(AI)」という言葉を使った。日本では手塚治虫のマンガ「鉄腕アトム」が雑誌上で連載されていた時代だった。コンピュータ産業では、その利用の拡大を後押した初めての本格的プログラミング高級言語*1「FOTRAN」が登場した年でもある。まさにコンピュータが世の中を変えていく兆しを、多くの人が感じ取っていた時代だった。

大きな期待と困難がせめぎ合い、ブームが訪れては去る歴史

ただし、右肩上がりで技術の高度化と応用市場の拡大が進んだコンピュータ産業そのものと違って、人工知能の技術開発は、定期的にブームが訪れては去る、山あり谷ありの歴史だった(図1)。

山あり谷ありの人工知能の歴史の図
[図1] 山あり谷ありの人工知能の歴史

1960年代には冷戦下において人工知能の可能性に気づいた米英の政府が、多額の研究資金を投入した。しかし豊富な資金に支えられて、基礎的な理解は大いに進んだものの、想定していた成果が得られなかったため、ブームは終息した。そして、1度目の「AIの冬」と呼ばれる時代に入った。

1980年代には、コンピュータ産業で米国に追いつき追い越すことを狙った日本が、1982年に「第5世代コンピュータ*2」と呼ぶ国家プロジェクトを立ち上げた。高い専門性を持った専門家の役割を担うエキスパートシステム*3などの実現を目指した。これに触発された米英でも同様のプロジェクトが進められ、2度目のブームとなった。しかし、専門家の知識を余すことなくコンピュータに入れれば賢くなるが、すべての知識を入れることは困難という限界に直面して、沈静化。2度目の「AIの冬」に入った。

ブームと冬の時代を繰り返す人工知能の歴史は、テーマ自体はあまりにも魅力的、だが技術的には極めて難しい、というこの技術の素性をよく表していると言えよう。

ブレークスルーとなった機械学習

人工知能の技術開発の停滞感を払拭したのが、機械学習(マシンラーニング)と呼ぶ技術である。莫大な量のデータを教材として、画像や言語などのパターンを認識するための、よりよい方法(アルゴリズム)をコンピュータに学習させる技術だ。

インターネットの普及によって、ネット上にはメールやニュース、専門的な文書、広告、写真、イラスト、動画などありとあらゆるデータがあふれるようになった。機械学習では、こうした膨大なデータ(ビッグデータ)の中に潜む傾向を抽出し、それを分析することで類似パターンを見つけ出す。このとき、学習の手本になるデータは多ければ多いほど、分析を繰り返せば繰り返すほど、人工知能は正しいパターン認識ができるようになる。

機械学習の登場で、人工知能は、基礎研究から応用システムの開発、そして社会実装へと、実用化に向けたステップを一気に駆け上がった。現在の人工知能ブームは、既に実用化段階に入っている点が、過去のブームとは決定的に異なる点だ。むしろ、実用技術の中で有用性が証明された方法が、人工知能の技術開発を後押ししたと言ってもいいくらいだ。その有用性を示す課程で、グーグル、アマゾン、フェイスブックといった、21世紀を代表するICT産業が果たした役割は大きい。機械学習の威力を生かして、ネットでの検索と新しい広告モデル、スパムメールの分別、画像認識、自動翻訳など、多方面にインパクトを与える分かりやすい具体的な応用を生み出していった。

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