No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載03 医療・ヘルスケアの電子化
Series Report

第2回
世界ではどのような医療が
電子化されているか

 

  • 2016.03.01
  • 文/津田 建二

医療・ヘルスケアビジネスで始まっている電子化・IT化において、いま病院では臨床実験が行われている。患者の負担を減らし、入院日数を減らし、最終的に医療費を安くすることが目的だ。一方、病院側にとっても、電子化やIT化は、医師や看護師の負担を減らしながら、多くの患者を救える可能性をもつ。連載第2回では、患者側、病院側双方にメリットをもたらす、医療電子化・IT化の具体的な臨床試験や、過疎地での新たな試みなどを紹介する。

第1回で伝えたように、人間の体温や心拍数、呼吸数などは24時間途切れることなく、数日間連続して測定できるようになった。その間、自由に動いても良いし、普通に生活できる。通常時の体温や心拍数など、身体活動のしるし(バイタルサイン)をモニターできるようになれば、異常値の検出がスムーズになり、早期発見や早期治療を促し、長生きを支援する。

例えば、体温を測る場合、これまでのように体温計を口に加えたりわきの下に抑え込んだりする必要はなくなる。また心電図を採る場合も、横になり胸や足に測定用のパッドをつけ安静にする、といった従来の方法は必要なくなる。家庭生活を送りながら常時バイタルサインを病院に送り、医師や看護師がその情報を共有し、病院で利用することができるようになるのだ。

バイタルサインを病院以外で測定する最大のメリットは、医師と看護師による4時間あるいは6時間おきの定期的な回診をしなくて済むということだ。数値をグラフ化するのもエクセルなどの表計算ソフトに打ちこまなくてはならない。医師と看護師は夜中でも見回りを行わなければならず、労働環境としては良くない。しかも、回診後に容態が悪くなった時にすぐに発見できれば良いが、休憩に入っていたりたまたま留守だったりすることもある。こうした従来の病院での測定には、患者をオンタイムで診ることができないという欠点があった。

しかし、回診が24時間自動的に行われ、紙に書いた数字を入力しなくて済むなら、労働環境は改善される。看護師は患者の容態が悪くなったときだけ駆けつければよいのだ。こうしたメリットは病院側だけではなく、患者側にも生まれる。

Toumaz社のデジタルプラスタ、SensiumVitalの図
[図1] Toumaz社のデジタルプラスタ、SensiumVital

半導体チップを活用

こういったバイタルサインを測定できるのは、半導体チップのおかげだ。英国のファブレス半導体メーカーの「トゥーマズ(Toumaz)」は、半導体チップを組み込んだモニター用パッドを体に取り付けて(図1)、人間のバイタルサインを病院で測定、モニターする臨床実験を1年間行った。2013年当時は、モニター用パッドをデジタルプラスタと称していたが、その後、商標を取得、SensiumVitalと呼ぶようになった。臨床実験の結果、一人当たりの平均入院日数は6日減り、金額にして患者一人当たり9004ドルの節約になったという。この実験は2012年~2013年に行われ、結果は2013年4月25日にプレスリリースとして発表された。

トゥーマズ社が臨床実験を行った病院は、リゾート地で有名な米国カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のサンタモニカにある、聖ジョンズ・ヘルスセンター(Saint John's Health Center)。トゥーマズ社は臨床実験を行うため、試作した半導体チップをモニター用パッドSensiumVitals ®(図1)に組み込み、このパッドの使用に関して2011年に米国FDA(Food and Drug Administration:日本の厚生労働省に相当)の認可を取得した。この臨床実験に関するホワイトペーパーも発行されている(参考資料1*1)。

このモニターパッドは、心電図を測る時のようなジェルを塗って患者の胸に取り付けられ、温度センサや心拍センサなどを、配線を通してわきの下に取り付ける。パッドは小さなバッテリを持ち、低消費電力で、しかも使い捨てになっている。5日間持ち、その間連続的に心拍数と呼吸、体温をかなり高い精度で測定する。5日間という日数はこの病院の平均入院日数に対応している。

測定したデータは無線でブリッジあるいはゲートウェイと呼ばれる装置(無線LANのルータのようなもの)に送られ、そこから病院のサーバーに送られる。病院のサーバーはさらに院内クラウドにつながっているため(図2)、ナースステーションのコンピュータや医師のPCからも患者の様子を診ることができる。もし容態が悪くなったら、何らかの異常値が現れるため、医師や看護師はすぐに駆けつけることができる。クラウドを利用すれば、医師や看護師はスマートフォンでデータを診ることもできる。容態を示す数字の上限や下限の値をあらかじめ設定しておけば、もしも、その設定値を超える場合にはアラームがパソコンやスマホから鳴るようにすることも可能だ。医師が四六時中コンピュータにはり付いている必要は全くない。

◯の図
[図2] 患者のバイタルデータをブリッジと呼ぶゲートウェイを経てサーバーに送る
出典:Toumaz

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