No.009 特集:日本の宇宙開発
Cross Talk

地上の技術を宇宙へ持ち出し、さらに地上へと還元する計画

 

牧野 ── 今年、國中先生が指揮を執るJAXAの最新プロジェクトが発表されましたね。

國中 ── そうです。この4月から「宇宙探査イノベーションハブ*6」という事業を始めました。新しいブランチをJAXA内に作ったんです。今までのJAXAは宇宙開発を一生懸命やってきて、いい成績を収めてきたと自負してます。

ただ、それまで独立行政法人だったのが、国立研究開発法人に変わりました。JAXAの経験や知見、研究設備といったものを、従前の宇宙開発だけではなくて「民間事業者の技術開発にも活用を」という要請が国からあったからですね。我々のゴールは宇宙探査を進める技術研究開発です。そのためには、民間企業の持っている成熟した技術も吸収し、速やかに宇宙探査に生かしてイノベーションを起こしてほしいと言われています。

牧野 ── 具体的にはどういった技術ですか。

國中 ── JAXAは人工衛星だとかロケットだとか、無重力空間で活動する技術が得意です。それが、いよいよ「今度は月の表面に降りましょう」「火星に行きましょう」ということが想定されている今日、重力環境下で動く技術はどうかと言えば、あまり得意ではないんですね。

牧野 ── 脚があるものとか。

國中 ── そう。脚があるとか、タイヤがあるとか、着陸するといった技術です。重力環境下での活動技術は、むしろ地上のトラクターだとか建設機械だとかの方が得意なはずなんです。そういった技術をJAXAが吸収して、宇宙探査を行おうと。その後、でき上がった技術を宇宙だけではなく、地上に持ち帰って事業が展開できるようにしようというのが目標としているところです。

牧野 ── 例えば、重機だと、鉱山などで自動的に走り回っている大型トラックみたいなものがありますよね。ああいう技術をいったん探査の方に取り込んで、それを宇宙空間や他天体上のような過酷な環境でさらに発展させて、産業界に戻すということですか。

國中 ── そうです。例えば、リモートコントロールの建設機械がありますよね。それを宇宙や月に持っていき、地上のオペレーターが筑波の宇宙センターからリモートコントロールして月の上で基地を建設する。そうなると、地上建機のオペレーターをそのまま宇宙活動に動員できるわけですね。

今までは宇宙飛行士を訓練して、たくさんのパーツを打ち上げて国際宇宙ステーションを建設していたわけですが、スペシャリストの宇宙飛行士が建設に従事するのではなくて、地上の建機のオペレーターが月の上で建造物を建設するとか、そんなことも考えられるかもしれません。

牧野 ── これまで選ばれたごく少数の人のものだった宇宙が、もう少し産業面でも、人の面でも裾野が広がり、それがまた再生産されて広がっていくんですね。

國中 ── ただし、通常の建設機械はエンジンで動いていますから、それを宇宙用にスワップしなければいけません。さすがに月の上でエンジンは動かないので、いわゆるディーゼル・ガソリンエンジンを全部モーターに替えていかないといけません。

牧野 ── 使用温度や条件も今までとは全然違いますから、それはJAXAが持っている技術が生きてくるわけですね。

國中 ── 今の例は宇宙建設ですが、もちろん自動自律化ということが必要で、リモートオペレーションと自動自律化をベストミックスしないといけないはずです。そういった技術を地上に持ってきて、地上での自動化・自動建設にも展開できるかもしれません。

牧野 ── 地上でもそうですね。人が踏み入れると危ない場所、それこそ災害の直後とか、そういう時には非常に生きる技術になりそうです。

國中 ── 僕らが今までやってきた直球勝負の宇宙開発じゃないから、これが難しい。今、色々な会社と我々が欲しい技術、それからご提案いただいた技術が宇宙で使えるかどうか考えた上で、共同研究開発ができる案件を求め、打ち合わせを重ねているところです。

限られた条件内で生まれるのがイノベーションと呼ばれる技術

 

國中 ── 先ほども触れましたが、今は世界中で「2030年代には人を火星に送って帰還させる」というストーリーを作ろうとしているところです。その2030年に向けて、どういうステップでその活動に日本として参加していくのかを考えています。

アメリカは進んだ技術力を持っているので、やる気になったら多分、全部を単独でできるでしょう。しかし、残念なことに、アメリカも予算があまりないんですね。例えば10個の技術が必要な場合、アメリカ単独では5個ぐらいしか作れないとなったとき、残り5個を他の国にお願いすることになります。その国とはヨーロッパであり、日本であり、カナダであり、もしかしたら中国も出てくるかもしれません。

だから、私たちも日本の未来設計のために、将来どんな技術が必要なのかを十分に考えて、必要となる技術のいくつかを開発しておかないと。そういう状況を作っておけば「これを作らせてほしい。そうすればコミュニティに協力しますよ」という交渉ができるんです。

牧野 ── やはり、自前で技術開発をする能力があるのは武器になるんですね。

國中 ── それに見合った資力とともに、まずは開発のモチベーションと、それを支える信義や信条、それから実施できる技術力。この3つが国の宇宙開発を成立させる重要なファクターだと思います。

牧野 ── 宇宙ステーション「きぼう」のモジュールも、外国の宇宙飛行士から見ると非常に評価が高いそうですね。あれだけ空調の音に気を使ったのは日本人ぐらいだとか。そういうところも、やっぱり交渉材料になってくるのでしょうね。あれだけのものを作り上げて、実際に運用しているんですから。

國中 ── とても静かで寝やすいという話です。ただ、最初はアメリカも日本の技術にあまり信頼性を置いていませんでした。なんせ、それまでの日本は有人システムに関わった経験がほとんどありませんでしたから。

私たちが最初に立ち向かったのは、SFU(スペース・フライヤー・ユニット)という、当時の日本が作った一番大きな衛星でした。4tの衛星を作ってH2ロケットで打ち上げ、1年間の宇宙実験をした後、スペースシャトルが迎えに来て、若田光一飛行士がロボットアームでつかまえてカーゴに入れ、シャトルで地球に戻って来るビッグプロジェクトです。有人システムのスペースシャトルにとって、日本の怪しげな人工衛星が近付いてくるのは大変な脅威だったようです。

その後、国際宇宙ステーションのハードウェアの建設が始まって、だんだんと日本の技術も信用されてきたわけです。特に有名なのが「バーシング(離着桟)システム」ですね。昔のドッキングでは、2つの人工衛星がドカーンとぶつかっていたのですが、今「こうのとり」はそばまでやってきて、そこで静止してロボットアームでつかまえてガシャッとつなげるシステムです。こうのとりの場合、スペースステーションに対するバーシングシステムを日本が提案したんですよ。最初はきっと日本のカーゴがいきなりぶつかるのは信用してもらえていなかったのだと思いますけどね(笑)。

牧野 ── なるほど。直接のドッキングは勘弁してくれと。

國中 ── でも、やはり技術開発というのは競争だと思います。我々はその次の一手、次の一手というのをどんどん打っていかないと、いつか負けてしまう。負けないようにいつも切磋琢磨していく。NASAの予算規模と日本の予算規模は10倍違うので、とても全領域では勝てません。だけど、少なくとも小さな領域でもアドバンテージのある分野があるとしたら、それは確保して、維持していきたいです。

牧野 ── 完全に素人の目で見ていると、アメリカは穴を掘りたいならドリルを持っていけばいいだろうというシンプルな解答を持ってきて、そのドリルを積むための大きな船を作る。それを打ち上げるための強力なロケットを用意するという、すごくシンプルでマッチョなやり方を取りそうな気がします。

日本の場合は事情がいろいろあるにしろ、限られた条件の中で工夫をして、いろいろなアイデアを出すでしょう。一般の目から見ていると、何かちょっとビックリドッキリメカ*7的に面白いのが日本の宇宙開発ですね。

國中 ── そういう劣勢の条件で何かやってやろうと思った時にでき上がるものが、おそらくイノベーションと呼ばれる技術だと思います。潤沢にお金があって、ダブダブな計画で、デッドラインは決まっていない、というプロジェクトがあったとしたら、おそらく成功しません。それはどの会社だってうまくいかないですよね。

牧野 ── 知恵を絞るというのが、技術者の腕の見せどころの部分ですからね。それを楽しんで我々も仕事をしていますよ。

[ 脚注 ]

*6
宇宙探査イノベーションハブ: 2015年度にJAXAで発足した「太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・活動領域拡大に向けたオープンイノベーションハブ」。産学官の連携によって、日本の最先端技術を結集。宇宙探査という場を通じて、異分野融合による科学技術イノベーションを創出することを目指している。
*7
ビックリドッキリメカ: アニメ「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」で主人公のメカ(ロボット)がピンチの際に生成される小型メカの大群。

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