No.009 特集:日本の宇宙開発
連載02 生活と社会活動を一変させる、センサ革命
Series Report

呼気や体臭からがんを発見

センサ技術の中で、学術的な研究が最もホットな分野が、「嗅覚」を再現する分野である。研究者は犬の鼻の実現を目指している。見えないものを探りだす犬の嗅覚は、社会のさまざまな分野で活かされている。警察犬、災害救助犬、爆発物探知犬、麻薬探知犬、そしてがん患者を嗅ぎ分ける犬もいる。

物質・材料研究機構(NIMS)では、人間が吐く呼気や体臭からがんを診断できる、超小型のガス/液体センサシステムを開発した(図6)。ppbオーダーの濃度の臭い物質を検知できる。MEMSセンサを改良した薄膜型表面応力センサの原理を応用することで、受容体への検体の吸着によって生じる微小なレバーのたわみの検知感度を高めることに成功した。既にがん患者と健常者を見分けられることを実験で実証しており、スマートフォンに息を吹きかけて診断できるほどまで小型化することを開発目標に掲げている。このセンサは、がんの発見以外にも、鶏肉・豚肉・牛肉の鮮度や品種、産地などの分析、シックハウス症候群物質の同定などにも応用できる。

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[図5] 臭いセンサの原理(左)、感度を向上させるための膜型表面応力センサ(右)
出典:独立行政法人 物質・材料研究機構のニュースリリース

生物反応や化学反応を見える化

ミクロレベルでの生物学的な現象や化学変化の様子を、映像で検知する技術も登場している。豊橋科学技術大学は、投薬の効果や化学反応の進行を示すイオンの動きを、電気信号に変換して読み取るバイオイメージセンサを開発した(図7)。神経伝達物質などを可視化する「蛍光ラベル」を使うことなく、バイオ分子の化学的・力学的現象をリアルタイムに可視化できる。

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[図6] イオンの動きを見える化するセンサ
出典:豊橋科学技術大学 澤田和明教授のデータ

開発したセンサでは、100万画素(1024×1024、ピッチ10μm)の解像度で、イオンの動きを可視化できる。半導体の中にイオン感応膜を置いた半導体の電位の変化からイオンの動きを読み取る。これまでイオン濃度を計測する装置は、pHメーターのように点で測るものしかなかった。開発したセンサを使えば、イオンの分布や反応が進む様子を直接把握できる。

脳の活動に手軽にアクセス

そしていよいよ、脳の活動を手軽に検知し、それを利用するための技術開発も進んできた。脳の活動を正確に知るには、核磁気共鳴画像法(MRI)による血流の変化や脳磁計による脳波の測定など、大掛かりな計測装置が必要だった。非侵襲で小型の計測装置で正確な計測を可能にすることを目指す研究も出てきた。

例えば、大阪大学では額に貼り付ける6mm厚、24gのパッチ型EEG測定装置を開発した。また慶應義塾大学では、額に光線や電波を照射して、反射波から脳の情報を読み取る非接触で脳情報の計測を可能にする技術を開発している。

脳の活動を知って何をするのか。医療活用以外にも、さまざまな応用が想定されている。機器の操作などの応用ももちろんあるが、ここでは変わったアイデアを紹介しよう。工業製品のユーザーの主観を検知し、ヒット商品を生み出すための製品開発や効果的なマーケティングへの利用検討が始まっている。例えば、電気製品などを開発する時、設計した機能やデザインに好感を持ってくれるのか、ユーザーが使ってみて便利だと感じ、愛着を感じてもらえるのか、確かめながら開発を進める。計測した結果を基に、脳の活動をコンピュータモデル化して、さまざまシミュレーションに活用する検討も始まっている。

センサの活用には、長い歴史がある。しかし、その真価が発揮されるのはこれからだ。センサ革命によって生み出される将来の姿は、想像以上に変化に満ちたものになるだろう。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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