No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Laboratolies

後世に残る芸術文化を、先端技術で制作する

2017.08.31

京都大学 土佐研究室

京都大学 土佐研究室

日本人メディアアーティストの草分けとして、1980年代半ばにニューヨーク近代美術館(MoMA)で華々しく海外デビューした土佐尚子氏。その後、ATR研究員への転身、MITアーティストフェローといった研究者への道を歩みつつ、インタラクティブな作品を発表し続けてきた。京都大学への着任後は文化を「型」として捉え、その型をコンピュータで扱う「カルチュラル・コンピューティング」を標榜するようになる。作風を自由に変化させながらもテクノロジーをアートに生かす姿勢は一貫している。京都大学の研究室を訪ね、自身の研究や制作にかける思いを聞いた。

(インタビュー・文/神吉弘邦)

土佐尚子教授 パン・ウネン
第2部 庞 宇年(パン・ウネン)さん

Telescope Magazine(以下TM) ── 京都大学大学院に留学したのは、どんな理由だったのですか。

庞 ── 私は中国の重慶出身で、西南政法大学で法律を学びました。もともとアートや映画が好きだったので、夢を諦めきれず、卒業後に京都大学大学院へ来て研究を始めたのです。学内で所属しているのは新しくできた文理融合のプログラムで、僕の専門は異文化コミュニケーションです。アートと情報学などを融合して、文化交流を進める方法を研究しています。

TM ── 具体的には、どのような研究をされているのでしょうか。

庞 ── 主に土佐先生が作品制作をする助手です。中国にいるときに、土佐先生の作品をインターネットで知りました。現在、僕は物理のプログラミングなど技術的な面をサポートしています。例えば「サウンド オブ 生け花」の制作では、音の振動と映像の関係を工学的に分析しています。

実際の制作では、ハイスピードカメラの前にいろいろな色の液体を30gほど置き、特別な装置を使って1分間に最大700回転させます。その液体を真下にあるスピーカーから発する音によって飛ばすのです。「サウンドバイブレーションフォーム」と名付けていますが、周波数のコンビネーションや液体の粘度によって、動きに違いが生まれます。それらを撮影し、土佐先生がつくりたいイメージになるまで探り続けるのです。

土佐研究室

庞 ── もう1つが、ドライアイスの煙を泡に閉じ込める「ドライアイスジェル」という制作手法です。液体中の泡を撮影しますが、少しだけ粘性のあるものを使っています。そうしないと泡が細くなり、絵の具も1秒足らずですぐに混じってしまうからです。いずれの撮影でも300Wのキセノンライトを2灯、照明に使っています。

TM ── 研究で最も大変なのは、どんな部分だと感じていますか?

庞 ── サウンドバイブレーションフォームを撮影した後の掃除かもしれませんね。撮影するのはわずか3秒ですが、飛び散った絵の具の掃除には15分はかかるので(笑)。

土佐先生とのコミュニケーションはとてもスムーズです。普通の日本人の先生と違って「そこが間違っている」とか「ここを改良したほうがいい」とはっきり指摘してくださるのはありがたいですね。また、「神は細部に宿る」という日本の言葉がありますが、土佐先生も細かいところに目を配っている。それが作品の美しさにもつながっていると思います。

中国の社会はスピードや量を重視しているので、発展スピードが速くてなかなか心を落ち着かせることができませんでしたが、土佐先生のもとで2年間研究していると、穏やかな気持ちで、洗練した表現を目指せるようになりました。

TM ── 今後、考えている進路を教えてください。

庞 ── 1人前になるまでには時間はまだ掛かりますが、土佐先生の助手としてほとんどの作品を二人でつくれるようになりました。これからは自分の作品もつくれるようになりたいと考えています。アーティストへの憧れもありますが、今はアートと文化のコミュニケーターになりたいという思いが強いです。日本の文化や中国の文化を世界に知らしめるためには、論文やスピーチといった手段だけではなく、アートやアニメ、映画を使って交流する方法が効果的だと考えています。

土佐尚子教授 パン・ウネン
土佐尚子教授

Profile

庞 宇年(パン ウネン)さん

京都大学大学院総合生存学館(思修館)博士課程

1992年中国貴州生まれ。2010年、西南政法大学入学。2014年の西南政法大学卒業後、2015年に京都大学大学院総合生存学館に入学し、現在に至る。研究分野は総合生存学。芸術を利用した異文化交流に関する研究を課題としている。

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.