No.010 特集:2020年の通信・インフラ
Cross Talk

オリンピック・パラリンピックにICTが貢献できるか。

坂村 ── 2020年に東京オリンピックが開催されますが、その前の2016年にも東京は1回チャレンジしたじゃないですか。そのときJOCから依頼され、オリンピックにICTがどれだけ役立つか、IOCに対して僕がプレゼンテーションしたんです。

為末 ── それはどんな内容ですか?

坂村 ── そのときにつくった入場券(チケット)ですが、ここに電子チップが付いているんです。このチップが付いていることによって紙のチケットをいちいち見なくても正規のものかどうか分かる。このチップを作るのは大変なので偽造防止になる。さらに、街角に置かれた端末でこの情報を読み取って「この会場に行きたい」ということをデジタルサイネージやキオスク端末が教えてくれるとか。レストランのチラシに付けておいたら、その店にどうやって行くのかが分かるとか入場券に付けるだけでなく応用は広い。

為末 ── ああ、なるほど。

 

坂村 ── そのように、間接的に情報通信技術でオリンピックがサポートできるという内容をプレゼンしました。試作品を見せたら、評判は良かったです。

例えばこの電子チップ付きプレートを胸に付けておいていただくと、スマホを持っていれば、その人がどういう属性の人なのかの情報が分かる。例えば、ゲストリレーションと書いてあり、英語と日本語は理解しますよという情報など。そうすれば海外から訪れる人が困ったときに、プレートを付けた人の近くに来ると「この人に聞けばいいんだ」ということをスマホが教えてくれるとか。他にも、タッチパネルのコンピュータなども動員して、テクノロジーのプレゼンテーションをたくさんしました。最後には「東京に決まらなかったとしても、この技術だけオリンピックに導入したい」ってIOCの人に言われました(笑)。

為末 ── チケットの情報もすべて入ったこういうカードを空港に着いてすぐもらえたら、来日した人たちもラクでしょうね。

坂村 ── 今度は2020年に東京でオリンピックをやることが正式に決まったので、どういう情報通信技術を使えば、外国から来る人たちを助けられるかということを話し合う委員会が国に立ち上がりました。その具体的なワーキンググループの座長を僕がやらせてもらっているんです。

今おっしゃったような電子カードを、私たちは「おもてなしカード」と呼んでいますが、例えば自分の泊まっているホテルのコンシェルジュで寿司屋を紹介してもらったとしますね。そのカードを持っていれば、この中にはコンシェルジュさんから教えてもらった全ての情報が入っているので、タクシーに乗って、カードを運転手さんに手渡すだけで、GPSで行く場所が出る。店に向かう途中では今日のお勧めメニューが車内の端末で分かるという具合に、サービスをどんどん連携させていけるんです。

為末 ── 着いたとたん、もう熱燗ができているとか。

坂村 ── そうそう(笑)。そういうことを2020年に実現しようという国のプロジェクトが動いていて、民間の人たちが入って一緒にやっているんです。だから結構、おもてなしのサービスは面白くなるんじゃないかと思いますね。

為末 ── 僕のオフィスは原宿なので、外国人の方が有名なスポットによく来られています。でも街の外れにも観光客がいることは、あまり知られてないんじゃないかという気がするんです。自分の店に何人お客さんが来ているかという情報については、分かっていても、クラウドというか、大きな集団の動きは理解されていない。

観光客の実際の動きが見えてくると、例えば「思ったより岐阜県のほうに行っているけど、何で行ったんだろう?」とかが分かる。「ああ、どうもブラジルのテレビ番組の特集で岐阜が放映されたらしい。もっと宣伝すれば、岐阜にブラジルの人がいっぱい来るかもしれない」とか、仕掛ける側の情報としても使えますよね。

坂村 ── 今、ASEAN諸国などでも日本を紹介する番組が盛んにあります。もう東京や京都なんかじゃつまらないと思われているんですね。

物流に関しても、東京に一極集中するルートしかない時代ではなくなっているわけだし、情報通信技術と結び付けるとイノベーションが起こせることにみんなが気付き始めた段階です。物流も変われば、人の流れも変わるし、いろんなものが変わります。その全てに情報が関係しているんです。

競技者の視線からICTに期待すること。

為末 ── 今伺ったようなテクノロジーを使った話を実際にどのぐらい実現できているかというと、まだ社会全体ではそんなに活用できていない印象がありますね。スポーツの世界に関して言えば、ICTの利用がさらに遅れています。

坂村 ── もっとスポーツにもICTを使おうという話が、僕たちの委員会でも出ていますが、世界的な流れで言うと2つの目的があります。1つは、オリンピックのように何万人も来るような競技場の運用です。

為末 ── ICTがないと、ビッグイベントが開催できないですよね。

坂村 ── そう。極めて王道的な使い方で、正しくシートに案内するといった技術の使い方です。ただ、もう1つの方で面白いなと思うのは、スポーツを純粋に楽しむためにICTを最大限に使おうという流れです。

今はいろんな技術があって、これまで地上から撮っているだけだったのが、最近では上からのアングルで撮影したりしますよね。北京オリンピックの頃ぐらいだと有線でした。

為末 ── はい、ワイヤーでカメラを動かしていましたね。

坂村 ── 今ではカメラを積んだドローンから、ちょっと普通じゃ撮れないような位置まで動かして撮れるんです。将来的な話で言ったら、例えば野球の場合ではバットの中にセンサを入れたり、もうボールの中に超小型カメラを入れて、打球がどう飛んでいくかをボールの気持ちになったつもりで見られるようにできますよ。

為末 ── それをVR(バーチャルリアリティ)なんかで見られるようになって。楽しいな。

坂村 ── そこまでいかなくとも、好きな角度からマルチカメラの映像を見られるだけで全然違います。今までのテレビで、スポーツを見るときはワンシーンですよね。それを、例えば300台のカメラから見られるとなったら、まるで違った楽しみ方ができますから。

為末 ── 僕らの世界にちょっとずつ入ってきているのは、すごい個人情報ではあるものの、選手の心拍数を見せる演出です。バレーボールの中継などで始まった試みですが、ただ視覚で選手の心拍数を見ても実感がわきにくい。だから、例えば、会場である選手のTシャツを買うと、そのTシャツが選手の試合中の心拍数と同期して震えるようにしておくとかどうでしょうね。陸上競技でも、100メートル走のスタート直前に、そのTシャツが1分間に150回で揺れ始めてみたら、観客はどんな気分になるだろう。そういう視覚以外の領域でも実感できる楽しみ方があったら、すごいいいなと思うんです。

坂村 ── 僕のところでもたくさん試作をしているんですが、今、電子デバイスがどんどん小さくなっているんです。センサがついた電子パッドを体に貼っておくだけでも、どのぐらいの心拍か分かるとか、汗をかいているのが分かります。

スポーツ選手の心理状態を知らせる以外にも、その技術は省エネや省力化にも応用できるんです。例えば、洗濯機を回すときに洗い物がどのぐらい汚れているか分かれば、洗剤の量を減らしても構わないわけだし、汗をたくさんかいていたら洗剤を多くしないと汚れが取れないとかが分かる。画一的に動作するだけじゃなく、たくさんの電子機械が状況に応じて最適に動くようになると、結果として機械が使うエネルギーも減るんです。つまり、社会全体のエネルギーを減らすことができる。だからすごく重要な研究になっているんです。

為末 ── ヘルシンキか、どこかの都市では、ゴミ箱にセンサを付け、ゴミが溜まったものだけを回収するようになったという話を耳にしたことがあります。

坂村 ── 僕の研究室でもゴミ回収についての研究をしているんですよ。市内にある何百個、何千個というゴミ箱の回収をどういうルートで回るか、という研究です。決められたルートではなく、あまりゴミが溜まってないところはパスすることができる。世界的にも、そうした消費エネルギーに関する研究は「グリーンコンピューティング*7」と言われていて、地球温暖化対策も叫ばれるなかで非常に重要になっています。

為末 ── 2020年の東京で、そうした世界的な流れや向かうべき方向の息吹が見える機会になるといいですね。

後編のあらすじ

後半では、1964年の東京オリンピックとコンピュータの意外な関係のほか、オリンピック選手が本番の競技で経験する高揚感、為末さんが現役引退を決意した瞬間、映像以外にアスリートが後世へ残せるもの、そしてICTは人間を成長させられるかといった話題が展開されます。

[ 脚注 ]

*7
グリーンコンピューティング: 環境保護に効果のあるIT、あるいは IT の活用による環境保護活動などを指す言葉。グリーンIT。

Profile

坂村 健(さかむら・けん)
※写真右

電脳建築家。東京大学大学院情報学環学際情報学府教授。ユビキタス情報社会基盤研究センター長。

工学博士。専攻はコンピュータ・アーキテクチャ(電脳建築学)。

1951年東京生まれ。1984年からオープンなコンピュータアーキテクチャTRONを構築。TRONは携帯電話の電波制御をはじめとして家電製品、オーディオ機器、デジタルカメラ、FAX、車のエンジン制御、ロケット、宇宙機の制御など世界中で多く使われている。現在、いつでも、どこでも、誰もが情報を扱えるユビキタス・ネットワーキング社会実現のための研究を推進している。2002年1月よりYRPユビキタス・ネットワーキング研究所長を兼任。
2015年 ITU(国際電気通信連合)創設150周年を記念して、情報通信のイノベーション、促進、発展を通じて、世界中の人々の生活向上に多大な功績のあった世界の6人の中の一人として選ばれる。
IEEEフェロー、ゴールデンコアメンバー。
2002年総務大臣賞受賞、2003年紫綬褒章、2006年日本学士院賞受賞。

著書に『ユビキタスとは何か』、『変われる国、日本へ』、『不完全な時代』、『毛沢東の赤ワイン』、『コンピューターがネットと出会ったら』など多数。SF評論家、コラムニストとしての一面も持つ。

為末 大(ためすえ・だい)
※写真左

元陸上選手、400mハードル日本記録保持者(47秒89、2001年)。

1978年広島生まれ。2001年世界陸上エドモントン選手権および2005年世界陸上ヘルシンキ選手において、男子400mハードルで銅メダルを獲得。

2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京と、3大会連続でオリンピックに出場。2012年に25年間の現役生活から引退を表明した。

2014年パラリンピックの強化拠点について議論するための有識者会議委員、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。2015年ブータン五輪委員会(BOC)のスポーツ親善大使、新国立競技場整備計画経緯検証委員会委員。 著書に『日本人の足を速くする』『走りながら考える』『負けを生かす技術』『諦める力』など。近著は『為末大の未来対談』。

2010年に一般社団法人アスリート・ソサエティ設立、2012年に為末大学開講、2014年にXiborg設立。スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。

http://tamesue.jp

Writer

神吉 弘邦(かんき ひろくに)

1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki

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