No.010 特集:2020年の通信・インフラ
CROSS × TALK 社会向けICTをオリンピックで実現 ダイジェストムービー

人間とテクノロジーの関係を考えるとき、スポーツを題材にとると新たな方向性が見えてくる。オリンピック・パラリンピックの開催を2020年に控える東京では、情報通信技術(ICT)がどう活用されるのだろうか。その結果、姿を現すのはどんな社会なのか。ICTを東京オリンピック・パラリンピックに導入する推進役の坂村 健教授が、過去3大会連続でオリンピックに出場した「侍ハードラー」こと為末 大氏と自由な意見を交わした。

(構成・文/神吉 弘邦 写真/ネイチャー&サイエンス)

2番を狙ったら、10番ぐらいになってしまう。

坂村 ── 陸上選手に完全なリタイアがあるのかないのか分かりませんが、オリンピックなどの競技会に出るのを辞めてからは、どのぐらい経つのですか?

為末 ── 3年半ぐらいですね。

坂村 ── その間お子さんのスポーツ教室*1を始められたとか。

為末 ── ええ、小学校1年から4年生ぐらいまでが対象です。子どもの教育をかけっこでやるという。とにかくトップ選手より、あまり得意じゃない子の指導をメインにしています。

坂村 ── それはいい。僕ら理工系の人間には、体育が一番苦手だったなんていう人が大勢いますから(笑)。ただ、いくらスポーツが得意な子でも、オリンピックの選手となるとかなり戦略を持たないとなれないのでしょうね。

為末 ── オリンピックを戦略的に目指す選手もいて、それはもう中学校ぐらいからエリートをピックアップして、別路線になっていくんだと思うんです。

坂村 ── 単に体を動かす程度で勝てるわけではない。2番じゃ意味がないでしょう、やっぱりオリンピックは一番のほうがいいわけじゃない(笑)。

為末 ── 2番を狙ったら、大体2番では終わりません。10番ぐらいになっちゃう。きっと科学もそうですよね。

坂村 ── ええ。人間の社会においては、狙ったからといって必ずトップになれるわけじゃないけれど、やっぱり目指さなければトップになれないのは、どの分野でも同じでしょう。

それとは別に、スポーツの場合は身体を動かすこと自体の喜びがある。生きていること自身、毎日スポーツをやっているみたいなものですよ。ただ歩くのだって、もっと楽しくできるように小さい頃からちゃんと教えてもらえれば、すごくいい人生が送れるんじゃないかと思います。

速く走ることを分析して、義足の開発にも生かす。

 

為末 ── 坂村先生の取り組んでいる「ICT」って、すごく広い範囲に及びますよね。

坂村 ── ICTというのはInformation and Communication Technologyの略ですから、日本語に直せば情報通信技術。だから、現代の社会ではものすごく広い範囲になるんですよ。

為末 ── ネットに繋がっていたら、全部がICTに関連するという感じでしょうか?

坂村 ── ええ。最近はネットワークに繋がるコンピュータがほとんどです。ネットに繋がっていないスタンドアローンな(独立した)コンピュータというのもありますが、それすらも今はICTの世界に含めちゃいますから。

為末 ── 先ほどのかけっこの話と重なる部分があるのですが、僕は今、テクノロジーを使って義足をつくっているんです。ドイツのパラリンピックの幅跳び選手*2が、今、8メートル40センチを義足で跳んでいますが、これがリオの頃には、おそらくパラリンピック選手の方がオリンピックの選手より遠くへ跳ぶようになるんですね。

【写真:義足の選手の競技写真 ©Kikuko Usuyama】

坂村 ── それはすごいね。

為末 ── この義足の開発を、MITにいた遠藤 謙君*3というロボット技術者と一緒にやっているんです。二人が意気投合したきっかけは「おそらく、こうやれば人間の歩行や走行の動作には一番効率がいい」という理想形がピッタリ合ったことでした。

坂村 ── それは、どういう理想形なんですか?

為末 ── まず筋肉を固めて、上から落ちてくる体重のエネルギーをパッシブ(受動的)に溜めるようにして、その反発で跳ね返る力で走っていくというものですね。子どもたちのかけっこでも、そうした「走る原理」を理解する面白さのほうに興味を持ってほしいと思っているんです。

坂村 ── なるほど、なるほど。

為末 ── 速く走れるかどうかというのは持って生まれたものも大きいんですが、実は、理屈で考えても陸上競技はかなり速くなり得る。それを伝えたいんですね。

坂村 ── 速く走るにはどうすればいいのか、為末さんは走るとはどういうことか分析して考えてこられた。その分析の結果からスポーツ用の義足が生まれているんですね。まさに科学・技術の方法論ですね。

為末 ── その義足から出てくる知見を、今度はまた子どものかけっこに生かせます。個人的には、高齢社会における人々の歩行寿命を延ばすことにも関心があるんですよ。僕がやっているのは動きを教える役ですが、サポート器具の開発などテクノロジー面でも貢献できるかもしれません。

子どものかけっこから高齢社会まで、二足歩行というテーマで繋げてやっているつもりです。

[ 脚注 ]

*1
スポーツ教室: 為末大学ランニング部(http://tamesue.jp/running/)で予約を受け付けている。
*2
ドイツのパラリンピックの幅跳び選手: ロンドンパラリンピック男子走幅跳び金メダリスト、マルクス・レーム選手は2016年1月現在、8m40cmのIPC(国際パラリンピック委員会)世界記録を持つ。
*3
遠藤 謙: ソニーコンピュータサイエンス研究所アソシエイトリサーチャー、株式会社Xiborg代表取締役、D-leg代表、See-D代表。マサチューセッツ工科大学Ph.D。競技用義足の開発のほか、発展途上国で実際に義足を製作する活動にも取り組んできた。

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