No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載03 医療・ヘルスケアの電子化
Series Report

モニターパッドから無線で飛ぶ電波の到達距離は、消費電力と深く関係し、距離が長ければ長いほど電力を消費するため、バッテリ寿命がすぐに尽きてしまう。そのため、ブリッジという装置を患者の近くに置いているのだ。スグそばにあるブリッジにデータを送るだけなら、電波を飛ばす距離が短くなり消費電力を減らすことができる。ブリッジの電源はコンセントから取ればよいため、消費電力を気にすることはない。

組み込まれた半導体チップには、センサからの信号を受け取るインタフェース、アンプやA-D変換器(アナログからデジタルに変換する回路)、マイコン、送信機などの回路が集積されている。マイコンには、センサ信号の形状や大きさを識別し、体の状況に対応させるアルゴリズムがいくつかプログラムされており、温度や心拍数がデジタル信号になって出力される。この信号が、無線の電波に乗ってブリッジに送られる仕組みだ。

臨床実験では、一般病棟の患者にモニターパッドを適用した。異変が生じたときには医師と看護師のモバイル端末に警告が発するように設定した。こうすることで患者の容態の変化を即座に知ることができる。臨床実験はさまざまな年齢の168名の患者について行われた。

実験の症例を一つ上げると、28歳の男性患者が2012年10月30日入院。腹部の痛みと吐き気、嘔吐、下痢を訴えている。患者には3~4年前に肩の黒色腫を切除した痕があったが、それ以外は健康だった。入院した日の午前10時にSensiumVitalを貼った。その日の夜の11時13分、患者は頻脈の兆候を示して心拍が1分間に95回に増加。さらに翌31日の午前2時18分に心拍数が最高の127回を示し、アラームによって、すぐに異変が緊急治療チームに伝わった。このため患者を集中治療室に移し、その後、穿孔性胃潰瘍と診断され、即座に外科手術に送られた。

臨床実験で使ったモニターパッドSensiumVitalは、スマートフォン程度の大きさだが、トゥーマズ社の理想の姿は、絆創膏タイプ (図3)にすることだ。一辺が1~2mm程度の半導体チップSensiumと、アンテナ用の配線、バッテリ(例えば薄いリチウムポリマー電池)、そして温度センサや心拍センサをつなぐ配線をプラスタと名づけられた絆創膏から伸ばしておく。

究極のバイタルサインを測るデバイスは絆創膏に半導体チップ、アンテナ、電池を搭載しておく図
[図3] 究極のバイタルサインを測るデバイスは絆創膏に半導体チップ、アンテナ、電池を搭載しておく
デジタルプラスタ

出典:Toumaz

絆創膏タイプなら量産が可で、かつ低価格で提供できるようになる。しかし、各国の行政機関の認可を改めて取り直す必要はある。また医師の協力も必要である。

過疎地へ血圧計+送信機を配布

もう一つの事例として、スマートフォン用のアプリケーションプロセッサメーカーの「クアルコム」が北海道の札幌医科大学と共同で北海道の過疎地で行った血圧測定の実験を紹介しよう(図4)。クアルコム社はファブレス半導体のトップメーカーであり、世界でワイヤレス技術のサービスをまだ受けていない地域に同社のサービスをもたらし、生活を改善しようとするQualcomm Wireless Researchという試みを行っている。同社は、このサービスを用いて、主にヘルスケアや教育の分野で、資金を提供し、世界各地で貢献している。

クアルコム社が血圧測定とそのデータをモバイルネットワークに送るM2M通信モジュールなどを寄付 MedPAがコーディネートして札幌医科大学から住民へ血圧計を含む機器一式を配布したの図
[図4] クアルコム社が血圧測定とそのデータをモバイルネットワークに送るM2M通信モジュールなどを寄付 MedPAがコーディネートして札幌医科大学から住民へ血圧計を含む機器一式を配布した
出典:MedPA(メディカル・プラットフォーム・エイシア)

具体的な事例としては、2010年、人口が2969名しかいない過疎の町、北海道の有珠郡(うすぐん)壮瞥町(そうべつちょう)の住民の健康をチェックするためにクアルコム社が資金を提供し、一般社団法人のMedPA(メディカル・プラットフォーム・エイシア)がまとめ役としてコーディネートしたプロジェクトがある。MedPAが血圧計や通信機器一式を購入、札幌医大に寄贈し、大学から壮瞥町の住民に配布したからだ。

壮瞥町は典型的な過疎の町で、昭和新山や洞爺湖のある町である。毎年夏に札幌医大の島本和明教授が心疾患の病態調査を目的として、住民の健康診断を実施してきたが、2010年の実験の時の平均年齢は65.5歳。このプロジェクトでは、毎日家庭で血圧を測り、そのデータを自動的に記録し、M2M(マシンツーマシン)通信モジュールを通して札幌医大に血圧データを送るという調査を実施した。

島本教授によれば、測定した血圧を住民が紙などに書く場合はいつも低めの数字を書くという。これでは正確な数字がわからない。今回のように血圧計からUSBインタフェースを通して自動的にM2M通信モジュールに送り、さらにモバイルネットワークを通じて札幌医大に送ることで、島本教授の求める、正確な血圧情報を捉えることができ、住民の病気の早期発見、早期治療につながるのだ。血圧を測定対象に選んだのは、「血圧を捉えていれば、病気の8割がたは検出できる」(同教授)からだ。

◯の図
[図5] 住民の血圧データを診て、コメントを付けて返送する
出典:MedPA

札幌医大は、毎月住民一人一人にマンスリーレポートを郵送して(図5)、結果を教えると同時に、かかりつけの医師にもそのデータを開示することで、正しい食生活の指導や、病気の防止に一役買っている。

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