No.007 ”進化するモビリティ”
Scientist Interview

リサーチとデザインの融合

──ところで、このセンサブル・シティラボでは、小さなものから大掛かりなものまで、さまざまなプロジェクトが進行中ですが、何を研究するかの決定に際して基準になっているのは何ですか。

ここでは、テクノロジーが都市の経験をどう変えるのかを研究しています。その中でも、人間面での変化に注目しています。スマート・シティラボではなくて、「センサブル・シティラボ」という名称にしているのも、そのためです。ビットとアトムが融合するという考え方は、私が在籍したMITメディアラボの石井裕研究室で得たものです。

──センサブル・シティラボには、バックグラウンドの異なる多くの人々が関わっています。実際のセンサブル・シティに取り組む際にも、そうした超領域的なアプローチが必要でしょうか。

このラボには、およそ40人の研究者が世界中から参加し、それぞれが異なった経歴とスキル、文化的背景を持っています。建築やデザイン関係者が多数を占めますが、それ以外にも数学者、経済学者、社会学者、物理学者もいる。この多様性は、どんなチーム活動にとっても重要な点だと思います。他の分野でも同様のことがますます起こっていますね。たとえば、『ネイチャー』のような尊敬を集める科学雑誌でも、複数の著者たちが一緒に書いた記事が最もよく引用されたりしています。このラボのプロジェクトでも、研究者は互いの提案の上に、さらにアイデアを付け加えるようにしています。他人のアイデアをオープンな心で捉えるのは、非常に大切なことなのです。そして一緒になって、市民が直面している問題は何か、その解決策を求めるためのプロジェクトはどういったものであるべきかを考えるのです。

──センサブル・シティラボのディレクターを務めながら、イタリアのトリノではご自身の建築設計事務所も運営されています。このふたつの活動は、どのようにつながっていますか。

同じビジョンを異なったプラットフォームで実践しているということです。まず、センサブル・シティラボでの研究は、シンガポールで行うものも含めて、テクノロジーが都市に与える変化を読み取ろうとしています。建築設計事務所の活動では、家具から都市スケールにいたるまで、ビットとアトムの融合がそれをどう変えるのかを、実際のデザインを通して把握しようとしています。しかし、すべては最終的にプロダクトに落とし込むことが求められます。それをやったのが「コペンハーゲン・ホイール」という社名の、センサブル・シティラボから出たスタートアップです。これは、アイデアを製品にしたという点で大きな意味があります。

[映像] コペンハーゲンホイール

──センサブル・シティの時代になると、建築家やデザイナーにはどんな資質が求められるでしょうか。

狭く何かをデザインすることから、プロジェクトをスタートさせ、コラボレーションの中でそれを発展させ、最終的な結果へ統合していくことでしょう。オープンソース建築についての共著を出す予定ですが、そのタイトルが『Choral Architect(合唱隊のような建築家)』(2015年予定、テームズ&ハドソン社より)。まさにそういう資質が、これからのイノベーションや建築には求められると思います。

Profile

カルロ・ラッティ Carlo Ratti

建築家・都市エンジニア、およびマサチューセッツ工科大学(MIT)センサブル・シティラボのディレクター。イタリアのトリノ工科大学、パリのフランス国立土木学校を卒業。ケンブリッジ大学で環境デザイン修士号、建築博士号を取得。2012年のワイアード誌『世界を変える50人』、2011年のファスト・カンパニー誌の『アメリカで最も影響力のあるデザイナー50人』などに選ばれている。センサブル・シティラボでは、都市計画、モビリティ、個人のエクスペリエンスなど複合的な視点からとらえた未来の都市環境を考える。

http://senseable.mit.edu/   (MITセンサブル・シティラボ)

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)などがある。

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.