さりげない技術活用がコンテンツの質を高める
── デジタル技術を使って表現するコンテンツの質を上げるうえで、留意しなければならないことは何でしょうか。
鈴木 ── デジタル技術のすごさを前面に出すのではなく、コンテンツの質のためにデジタル技術を使うことですね。今では映像表現として当たり前になっているCGも、映画に使われ出した当初は、CG技術自体のすごさを前面に押し出した利用がされていました。それが、徐々にCGの使い方が理解されるようになり、使い所が明確になってくると、どこまでが現実でどこからがCGで描かれたものなのか境界が分からないような使われ方がされるようになってきました。とても自然な映像なのに、よく考えれば、CGでなければ作ることができないところに使われています。こうした状態が、コンテンツ制作での最新技術活用のあるべき姿だと思います。
最新のデジタル技術も同じです。表現したいことが先にあって、それを表現できる技術を的確に選んで利用していくことが重要になります。日本のチームラボやライゾマティクスなどは、この辺りの機微を心得ている、素晴らしいデジタルコンテンツを作るプロダクションです。世界にも、「食神さまの不思議なレストラン」展を私たちと一緒に手掛けたモーメントファクトリー*2のような、新しい技術をさりげなく使って、すごく質の高いコンテンツを作り上げる力を持ったプロダクションもあります。
── 電子機器の世界には、アップルなど、高度な技術をさりげなく使って魅力的な製品を作り上げるのに長けた企業があります。その一方で、日本のメーカーは、高度な技術を持っているのに、それを生かした魅力的な製品を作るのが不得手だと言われます。
鈴木 ── 確かにアップルは、製品として表現したい価値とそこに投入する技術のバランスを高次元でうまく取っている企業のような気がします。社会にインパクトを与える、みんなが欲しい製品を作っていますよね。もし、日本の技術系企業が高度な技術を魅力的に生かせていないとするなら、それはプロダクトアウト*3の発想で製品を作ろうとしているからだと思います。せっかく開発した技術は、余すことなく製品に盛り込んで、その価値を説明したいと考えているのではないでしょうか。
しかし、私たちのような技術の使い手は、何か表現したいことや目的があって、そこにはまる技術が欲しいわけです。プロダクトアウトの発想でできた技術や製品は、得てしてオーバースペックで、むしろ使いにくいのです。もっとシンプルな方が使いやすいと思うようなものが多いと感じます。私の祖父は機械屋だったので、私も技術の作り手の気持ちはよく分かるのですが、もの作りというのはユーザーの視点から考えるべきではないでしょうか。
技術の作り手と使い手の交流が相乗効果を生む
── キリンジのようなデジタル技術の使い手である企業と、その技術の作り手である企業との接点が増えれば、よい相乗効果が生まれると思うのですが。
鈴木 ── 確かに、コンテンツ制作会社と、表現を豊かにする技術開発会社が協力すると、素晴らしいものが出来上がることでしょう。ただし、いざ一緒に何かを作ろうとすると、両者の仕事の時間軸が違うことが問題になるように思えます。コンテンツ制作会社は3か月から半年といった短期間でクライアントの望みを表現できなければなりません。これに対し、技術開発はもっと長い時間が掛かります。
ただし時間軸の違いというのは、技術の作り手と使い手が1対1の付き合いをしようとするから問題になる場合が多く、それぞれの立場にいる企業はたくさんあるわけですから、必要に応じて両者をマッチングする仲介者がいれば、うまい相乗効果が得られるようになると思います。
私たちのようなイベントの企画や制作の仕事は、IT企業から見れば笑ってしまうほどアナログな世界です。しかし、デジタル技術を活用することで、豊かな表現ができることがはっきりと分かりました。これからは、コンテンツを作る表現者にとっても、技術を作る開発者にとっても、非常に面白い時代になると思います。
[ 脚注 ]
- *3
- プロダクトアウト: 製品を開発し売る際に、作り手が売りたい製品を開発して販売することをプロダクトアウトと呼ぶ。反対に、使い手が望む製品を開発して販売することをマーケットインと呼ぶ。
Profile
鈴木 智彦(すずき ともひこ)
KIRINZI inc. 代表取締役/プロデューサー/プランナー
1976年静岡県生まれ。30歳を機にKIRINZI inc.を立ち上げる。
海外のハイブランドから、デジタルカメラ、車、旅行代理店などの企業プロモーションを手掛ける。
企業のみならず、静岡市、熊本市など自治体の観光プロモーションや若手の映画監督を海外に送り出す育成プログラム、映画製作など多岐にわたる活動を行なう。
またビートたけし、所ジョージの共同展『全日本選抜国際EXHIBITION 青マネキネコ祭』や、海外のアーティストを招聘したデジタルアート展『食神さまの不思議なレストラン』展、浮世絵のデータを活用した『スーパー浮世絵「江戸の秘密展」』など展覧会やデジタルアートの企画も多数手がけている。今後は離島を活用した様々な企画を手がける予定。
Writer
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。