No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載02 あらゆるモノに知性を組み込むAIチップ
Series Report

AI処理への適性だけが、市場価値ではない

AI関連処理をより高速に、より低消費電力で、より低コストに実行することが、AIチップの存在意義である。そうした尺度でみれば、既存チップ進化型よりも第1世代AIチップや、第2世代AIチップが圧倒的に優れている。では、いずれ第2世代AIチップ一色になるのかといえば、恐らくそうはならない。

チップとしての市場価値は、AI関連処理への適性だけでは決まらない。ADASなどの画像認識処理に用途を限定したEyeQは、確かに高性能だが、それをデータセンターのサーバに乗せることはできない。画像認識以外の応用でのAI関連処理には向いていないからだ。だからこそ、様々なニューラルネットワークに対応できるTPUの存在価値がある。

既存チップ進化型も同様である。AI関連処理だけではなく、プログラムに沿った制御処理やグラフィックス処理などを併用するシステムでは、既存チップ進化型の活躍の場が大きく広がる可能性がある。その代表的な応用が、自動運転車である。近年、自動運転車の開発を狙って、多くの自動車メーカがAIの研究開発力の増強を急いでいる。こうした動きをみると、自動運転はAI技術のみで実現できるように思えてしまうが、実際はそうではない。

自動運転車の中での処理を少し詳しくみると、4つの作業に分類できる(図7)。カメラやセンサで情報を取得し、意味のある情報を抜き出す「情報収集」。取得した情報の意味を解釈して、クルマや周囲の状況を把握する「分析・認識」。把握した状況を基に、どのようにクルマを動かすのかを決める「行動決定」。コンピュータの指示にしたがって、アクセルやハンドル、ブレーキなどを的確に制御する「機構制御」だ。

自動運転車で行っている処理と適性チップ
[図7] 自動運転車で行っている処理と適性チップ
出典:筆者が作成

このうち、AIチップの適性が高いのは「分析・認識」の部分である。「情報収集」ではデジタル信号処理での性能が求められるため、DSPやFPGAが向いている。「行動決定」は、周辺状況をモデル化してクルマの動きをシミュレーションする処理の性能が求められるため、GPUが最適だ。「機構制御」はプログラムで定められた手順に沿って、多様な状況に対処できる汎用的な性能が求められるため、マイクロプロセッサ向きである。

IoTデバイスでは既存チップ進化型が求められる

初期の自動運転車は、4つの作業を1チップでは実現できないため、様々な種類のチップを併用することになるだろう。しかし、いずれ、複数の作業が1チップで実行できるようになると、多機能チップが求められる。既に、NVIDIAが、GPUとマイクロプロセッサなどを1チップ化した、画像認識用SoC「Xavier」を市場投入し、こうした流れに先手を打っている。

自動運転車に限らず、監視カメラや、工場で製品をモニタリングするセンサ、IoT機器などでは、AI関連処理による高度な「分析・認識」に「情報収集」「行動決定」「機構制御」といった機能を組み合わせて搭載することになる。こうした応用では、既存チップ進化型のAIチップが多用されることだろう。連載の第3回では、第2世代型AIチップである脳型(ニューロモーフィック)チップの開発動向を中心に、未来への方向性を解説する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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