第1回
有機エレクトロニクスの夜明け
- 2017.9.30
電子機器は、生活やビジネスになくてはならない存在だ。しかしその一方で、人間にとって明らかな異物でもある。もし、電子機器が大きく、重く、硬ければ、どんなに優れた機能があっても、利用するシーンが制限されてしまう。だからこそ技術者は、半導体技術を進歩させて、小さなチップに、より多くの機能を詰め込めるよう努力してきた。近年、有機材料を使ったセンサや電子回路、ディスプレイなどが精力的に開発されている。この技術の狙いは、電子機器から異物感を取り除くこと。つまり、人間やモノに寄り添う、新しいタイプの電子機器の実現を目指しているのだ。本連載では、第1回で有機エレクトロニクスの存在意義を、第2回で実現技術を、第3回で新しい電子機器が変える未来の生活と社会を解説する。
人間は進化の過程で、手や足などの体の形状を合理的に変化させてきた。その結果、体の器官は極めてしなやかに動けるようになったのだ。一方、人間が使う電子機器は、スマートフォンやノートパソコン、テレビを見れば分かるように、四角くて、硬いものが多い(図1)。それは外見だけではなく、内部に収められている電子部品までもが四角くて、硬いのだ。
なぜ、電子機器や電子部品の多くが四角く、硬いのか。それは、これらが無機材料を中心にして作られているからだ。金属やシリコンなどの無機材料は、一般に硬い。そして、加工して材料の性質や形状を変えるには高温・高圧を加える必要があり、大掛かりな製造装置が必要になる。このため、無機材料をベースにした製品を大量生産するには、板状やブロック状の素材を一括加工し、直線的に切り分ける方法が効率的になる。その結果、製品は自然と四角くなるのだ。一方、樹脂など有機材料で作った製品は、低温・低圧のプレス加工や射出成形加工などで生産できるため、多様な形状の製品が市中に出回っている。
高度な機能を実現するには、半導体デバイスや液晶パネルなど無機材料ベースの部品で電子機器を構成する必要がある。私たちは、電子機器とは四角く、硬いのが当たり前と思い込んできたが、実は作り手の都合で電子機器の形状が決められていたのだ。では、電子機器の形状を自由に決められ、しかもしなやかにできる技術を手中にできたら、どのような製品が生まれるのだろうか。
そもそも有機物とは何か
有機材料を中心に電子回路や電子機器を作る技術を、「有機エレクトロニクス」と呼ぶ。そして近年、有機エレクトロニクスの特徴を生かして、電子機器のあり方や作り方に新しいパラダイムをもたらす動きが活発になった。本連載は、その開発動向とインパクトを解説していく。そこでまず、そもそも有機物とは何かという、この連載の前提をはっきりさせておきたい(図2)。
有機物と無機物という分類は、欧米で進んだ化学の研究の中で出てきたものだ。そこで一度、有機物の英語表現「organic compounds」の語源を探ってみたい。「organic」は動物の内臓などの器官を示す言葉「organ」を語源としている。有機物とは、本来は生物に関係した化合物を示していたのだ。ただし、化学が進歩して、有機物が人工的に合成できるようになったことから、生物を構成する化合物以外にまで対象物質の枠が広がっている。それでも有機物は、人や木材など生物由来のモノとの親和性が高い物質であることに変わりはない。