No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
IoTデバイスと密接な通信規格

2020年の国内サービス開始に向けて動き出した、次世代通信規格「5G(ファイブジー)」。通信の大容量化や低遅延化に加えて、多数端末が同時接続できるメリットを謳っている。これは、携帯電話だけでなく、家電やクルマ、社会インフラなど、さまざまなデバイスが繋がるための規格だ。長年にわたって情報通信分野の最先端で研究を続けてきた森川博之教授と、国内外の携帯電話業界を中心に旺盛な取材活動を続ける石川温氏が、未だ我々の想像の先にある2020年代の5G社会を見通した。

(構成・文/神吉弘邦 写真/アマナ/撮影場所:星のや東京)

5Gに寄せられる期待と疑問

森川 ── さまざまな人と5Gについて話をする機会があるのですが、通信業界の方と異業種の方では、雰囲気がまるで違いますね。通信業界以外の方々からは「5Gでガラッと変わるんでしょう?」という期待を感じます。それに対して、事業者やベンダーの方々からは「投資回収はどうするのか?」といった悩ましい声を聞きます。

石川 ── キャリアからするとお金がかかるので、5Gの導入はできる限り先延ばしにしたいのだと思います。今、5Gを盛り上げようとしているのは、中国で基地局を設置しているような企業でしょう。今年2月にバルセロナで開催された「モバイル・ワールド・コングレス」(世界最大規模の携帯通信関連見本市)会場でも、5Gを主に焚き付けていたのは、基地局を手がけているところでした。

モバイル・ワールド・コングレス5Gの可能性についてアピールするアメリカのモバイル通信技術関連企業クアルコム
2017年のモバイル・ワールド・コングレス(左)で、5Gの可能性についてアピールするアメリカのモバイル通信技術関連企業クアルコム(右)
写真提供:石川温

森川 ── 5Gの基地局を設置するためには、お金がかかるわけです。当然、投資したお金を本当に回収できるのかという疑問があるでしょう。今より通信環境がずっと良くなるとか、それで新しい顧客をつかめるのかとか、具体的なメリットがまだ見えないから非常に悩ましいんです。石川さんがおっしゃるように、じわじわ変わっていくしかないと思います。

石川 ── 前編で森川先生は「5Gは既存の技術の延長線上にあるもので、すごく新しい技術が出てきたという感じではない」と言われました。そうすると、研究者は困ってしまうのではないですか?

森川 ── 実際、困っています。たとえば量子コンピュータのような飛び抜けた技術も生まれていますが、そうしたものは例外です。技術というのはステップ・バイ・ステップで着実に発展するもので、飛躍的に進化することはほとんどありませんから。

イノベーションの壁を越える

森川 ── 新しい商品やサービスは、よく「インベンション」と「イノベーション」の表現で区別されますよね。インベンションとは、いわゆる技術がもたらす発明です。一方でイノベーションというのは、社会やお客様へのかたち。僕が学生の頃は、インベンションへのハードルが高かったのです。たとえば、CPUの消費電力を下げるとか、画像処理技術を向上させるとか、新しい技術でハードルを乗り越えると、事業にもサッと入っていけました。今はそのハードルの高さが変わった気がしています。

森川 博之氏

石川 ── イノベーションへのハードルの方が高くなったと。

森川 ── そうです。お金をかけて、それなりに頑張れば、わりとインベンションのハードルは越えられるようになりました。逆に、イノベーションのハードルの方がぐっと高くなってしまったんですね。つまり、いい技術をつくっただけでは世の中に出ていかない。日本の企業はよく「技術で勝って、ビジネスで負ける」と言われますが、5Gでもイノベーションをしかけていかないと同じことになってしまうと思います。

石川 ── スマートフォンの世界が典型的です。防水性やおサイフケータイ、テレビ視聴といった機能は、みんな日本メーカの技術が先行し、最初に実用化してきました。しかし、それらを搭載した製品は日本でしか売れていなかった。その後、アップルがドカンとしかけてきて、日本のメーカが厳しくなっていきました。そのアップルが近年は何をやっているかというと、過去に日本メーカがやってきたようなことです。後から来た人が、先行して頑張ってきた人たちの技術のいいとこ取りをして、パイを奪う状況になっている。社会にイノベーションを起こすことはますます難しくなっていますが、研究者や技術者の方々は、今こそそれを目指してほしいと思います。

森川 ── そのためには、研究者も技術者も意識改革が必要です。インベンションとイノベーションへのハードルの高さが変わったとしたら、それに合わせてリソース配分を変えないといけません。最も大きなリソースというのは人材ですよね。

日本はかつてインベンションで成功しているので、インベンション側に多くの人材が投入されている感があります。新しい技術を生み出したら「よくやった!」と褒められる。でも、イノベーションの側を考えていないから、いいものをつくっただけで使い道がない。意図的にイノベーション側へ人材をシフトしていかないといけない時代になったと感じています。

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