No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

第3回
電子機能は組み込む時代から描き込む時代へ

 

  • 2017.11.30
  • 文/伊藤 元昭
オーガニックな電子機器が変える未来の生活

有機物ベースで作った電子素子や機器は、無機物ベースで作ったものにはない特長がある。ただし、無機物ベースでなければ実現できないこともある。高性能なプロセッサや大量のデータを記憶するメモリを有機エレクトロニクスで作るのは困難だ。しかし、有機物ベースの素子には、電子機器の入出力機能に新たな価値を付加できる可能性がある。今後は、有機物と無機物それぞれの特長を生かした素子や機器を併用して、より高度な利用法を生み出していくことになりそうだ。連載第3回の今回は、有機エレクトロニクスの特長が生きる応用について解説する。そして、電子機器の新たな価値を生み出し、私たちの生活にどのようなインパクトをもたらすことができるのか考える。

人間は、多様で高度な仕事や行動を、ほとんど有機物のみで構成された体を使って行っている。これは、有機物の潜在能力の高さを端的に示している事実だ。有機物をうまく使いこなすことができれば、原理的には有機物だけでも高機能かつ高性能な機器を作れる予感がある。

本連載の第1回で解説したように、有機エレクトロニクスには、シリコンなど無機物ベースのエレクトロニクス技術にはない特長がある。「人や生物由来のものと親和性が高い」「限られた種類の元素、かつ小さなエネルギーで多彩な化合物を作り出せる」という特長だ。そして、そうした特長を引き出して電子的な機能を実現するための技術開発は、着実に進んでいる。

では、いずれ有機エレクトロニクスは、無機物を中心にして作られた既存の電子機器を全て塗り替えることになるのだろうか。

もちろん、遠い未来には、様々な技術的ブレークスルーを経て、有機物のみで作られた電子機器が市場を席巻する日が来るかもしれない。ただし、現時点では、パソコンやスマートフォンなど既存機器と同じ機能を、有機エレクトロニクスだけで作ることはできそうにない。そこで有機物と無機物を併用して、それぞれの特長を生かした、より高度な電子機器を作ることになりそうだ(図1)。

有機物と無機物それぞれの特長を使い分けて機器を構成
[図1] 有機物と無機物それぞれの特長を使い分けて機器を構成
作成:伊藤元昭

今回は、有機エレクトロニクスが、電子機器をどのように進化させるのか。そして、既存のエレクトロニクス技術と組み合わせて活用することで、私たちの生活にどのような新しい価値を生み出すのか、ということを解説したい。

無機物ベースの機器が急激に進化し続ける不思議

有機エレクトロニクスの役割を明確にするために、まず無機物ベースのエレクトロニクス技術でなければ実現できないことを、少し丁寧に再確認しておきたい。

これまでの無機物ベースで作られてきた電子機器は、たった1つの開発コンセプトに沿って進化してきたと言える。それは、「単純な機能を持つ電子素子を小型化し、これを惜しみなく大量に使って、機器の多機能化と高性能化を図る」という開発コンセプトだ。ここでいう電子素子とは、スイッチの役割を果たすトランジスタや、電気を一時的に蓄えるコンデンサのような、単機能の半導体デバイスや電子部品を指す。

例えば、スマートフォンは、2007年にAppleが初代「iPhone」を発売してから現在に至るまで、見た目も、価格も大して変わってはいない(図2)。それにもかかわらず、機能や性能は飛躍的に進歩している。「電子機器の機能や性能が向上し続けるのは当たり前」と感じている人は多いかもしれない。しかし実は、これはとても不思議なことなのだ。

2007年発売の初代iPhoneと2017年発売のiPhone Xの仕様の変化
[図2] 2007年発売の初代iPhoneと2017年発売のiPhone Xの仕様の変化
作成:伊藤元昭、Appleの資料をもとに作成、写真はApple

考えてみて欲しい。自動車が、毎年2割ずつ高速化したり、燃費が3割ずつ高まったり、乗車できる人の数が4割増しになったりするだろうか。もしも、そんな自動車の進化シナリオを描いたとしたら、自動車自体の大きさはどんどん大きくなり、価格も高くなり続けることだろう。そんな他分野ではあり得ない異常な進化が、電子機器の分野では半世紀以上も続いているのである。

電子機器が機能と性能を高め続けることができているのには、からくりがある。それが、前述した機器開発のコンセプトである。スマートフォンの中の電子素子が、どんどん小型化し、1つ1つの価格が安価になり、1台当たりの部品搭載数を増やすことで、見た目をほとんど変えずに、機能や性能を向上させ続けることができたのだ。

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