No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載01 人工知能の可能性、必要性、脅威
Series Report

人工知能と人間の知能は機能としては異質である

そもそも人工知能とは何なのか、現在の定義をしてみよう。

今、技術開発と利用が進められている人工知能は、「大量のデータの中に潜む傾向を、自ら学習しながら見つけ出す機能」であると定義できる。例えば、パソコンの表計算ソフトで、大量のデータの複雑な計算を行う機能は、指示した手順に沿って処理を進める結果であり、人間には時間のかかる処理ではあるものの、それを人工知能とは言わない。

また、人工知能には、人間の脳の働きの結果である知能とは違う部分がある。人間の脳はとても効率よく、複雑な情報を扱うことができる構造になっている。莫大な情報の中から、意味のあるものだけを抽出し、それ以外は無視することができるのだ。人間はどんなに優秀でも、一定量以上の情報に対処することはできないため、焦点を絞れるのだ。これに対し、人工知能は、考える対象の意味は一切分からない。このため、大量のデータをそのまま対象にして分類し、データそれぞれの間の関係性を見つけ、データの傾向やこれから起きそうなことの確率を示す。

例えば「日本の都(みやこ)はどこか?」という質問を人工知能に与えると「80%は東京です」と答える。日本人ならみんな「東京」と即答するだろう。しかし、人工知能には平安・鎌倉・奈良など古い歴史のデータが全て入力されているため、80%という確率しか出せない。これに対し人間は、最初から「今の日本の首都は」という質問だと思い込んでいるため、ほぼみんなが「東京」と答えるのである。最初から、問われてもいない「今の」を勝手に入れて考えるのだ。もし問いが「今の日本の首都はどこか」という質問なら、人工知能も「東京です」と答えるだろう。

人工知能と人間の知能は、そもそも異質なものである。既に人間をはるかに超える部分もあるし、どこまで進化しても人間に遠く及ばない部分もある。ここにこれから、人工知能とどのように付き合っていったらよいのかを考える手掛かりがある。現在のホワイトカラーの仕事のうち、人工知能的な能力が求められる仕事は淘汰されていくだろう。一方、極めて人間らしい知能が求められる仕事の価値が高まっていくのではないか。人工知能の仕組みと今後どのような進化を遂げ、これまで人間ができなかったどのような仕事を可能にするのかについては、連載2回目でさらに詳しく解説したい。

お笑いDVDが売れると景気が上向く

近年、人工知能技術の進化は急加速している。そして、生活や産業、社会のさまざまな場面で活用されるようになった。IBMの「Watson」、アップルの「Siri」、マイクロソフトの「Cortana」、アマゾンの「Alexa」、LINEの「りんな」といった愛称で呼ばれているIT機器の機能やサービスの正体は、すべて人工知能である(図1)。現在の人工知能で何ができるのか、その具体例をいくつか見てみよう。驚くべきは、その威力もさることながら、応用の広さだ。

LINEの女子高生としてチャットする人工知能「りんな」の図
[図1] LINEの女子高生としてチャットする人工知能「りんな」
出典:LINE

現在の人工知能ブームの火付け役となったのがIBMの「Watson」である(図2)。2011年に、米国の有名なクイズ番組「Jeopardy!」に出演し、10週連続で勝ち抜いたチャンピオン2人と対戦して破ったことで、一躍その名をとどろかせた。このときのWatsonは、クイズ番組向けにチューニングされたシステムだったが、今やあらゆる分野の巨大なデータを消化できるシステムへと変貌している。そして、医学の文献を評価して医師と協議しながら最適な治療方法を見つけるといった分野で威力を発揮している。また、斬新でありながらおいしい料理のレシピを作り出す「Chef Watson」という料理アプリにも利用されている。これは、使う食材、好み、調理法、安全性など条件を指定すると、過去の膨大なデータを基にして新しいレシピを考えてくれるものだ。

IBMの人工知能「Watson」が出演したクイズ番組「Jeopardy!」の図
[図2] IBMの人工知能「Watson」が出演したクイズ番組「Jeopardy!」
写真中央、2人の回答者の間にあるのが、人工知能「Watson」の回答席

出典:IBM

楽天も人工知能の技術と利用法を開発している。楽天では、年間の売り上げが30万円といった少額で雑多な商品が、総和で全体の売り上げの80%以上を占めるという。それらの売り上げを40万円に上げることは、とても重要な施策になる。しかし、冒頭の例で挙げたように、有能なマーケッターを個別の商品企画に充てるわけにはいかない。ここを人工知能に担わせようという狙いだ。商品の売り上げ予想は、経験豊富なマーケッターでもなかなか難しい。しかし、楽天ではピンポイントで当てることができるレベルに人工知能が達しているという。

また、楽天市場は約2億点の商材を扱っている。まさに日本経済の縮図と呼べる市場だ。そして、ここでの商品の動きをデータとして保有しており、人工知能でその傾向を抽出することで、さまざまな景気動向指数を予測している。その精度は総務省が発表する統計データに対する誤差が0.4%というすさまじいものである。加えて、「お笑いDVDが売れると景気が上向く」といった、これまで見えていなかった傾向すら抽出できるのだという。

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