No.010 特集:2020年の通信・インフラ
連載01 人工知能の可能性、必要性、脅威
Series Report

高齢化社会では人工知能が必須

人工知能の威力と汎用性には、畏敬の念さえ感じる。クイズ王、シェフ、経済アナリスト、マーケッター、翻訳家、新聞記者、警察官はこれから何に注力して、仕事の価値を上げたらよいのだろうか。「人工知能は危険な存在であり、利用を規制すべきだ。これまでだって、人工知能が無くても生活ができたし、社会も回っていた」と感じた人も多いのではないか。しかし、そうは言っていられない、人工知能の導入が待望される事情があるのだ。一言でいえば、人間の社会が、人工知能の登場なしでは今後の未来が描けなくなるように、変わってしまったのだ。その例を2つ挙げたい。

まず、先進国を中心に高齢化社会へと一直線に向かっている(図5)。高齢化社会で抱える問題を解消するためには、人工知能の力が欠かせない。例えば、高齢者が増えると避けて通れないのが、医療費の増大である。このままでは、高齢化が進む今後20年で、先進国の医療費は30〜50%に上昇する見込みである。ところが、先進国の健康保険システムは、おしなべて崩壊寸前の状況。既に各国政府は、医療費の削減を目的として、医療政策の視点を治療から予防へと舵を切り始めている。

各国の65歳以上の高齢者の比率の図
[図5] 各国の65歳以上の高齢者の比率
出典:大和総研

ここで問題になるのは、病気になった人を処置するよりも、予防を目的にして、日々、個人をケアすることの方が手間もコストもかかることだ。人間は生物の中で、生まれた時の個体差が最も少ない。年を取れば取るほど、持病、体質、生活習慣、個人の価値観、経済的な背景、家族構成などの面での違いが広がり、多様化していく。こうした違いを個々に考慮しながら疾病予防をするのに、高給の医師を充てることはできない。人工知能のような費用対効果が高い、カスタム対応ができるしくみが必要になる。介護や高齢者の生活に欠かせなくなるであろう自動運転車でも、同様の文脈で人工知能の利用が求められている。

次に、安全保障上の問題。先進国は、テロとの戦いに悩まされる時代に突入している。戦場が自国内にできてしまう状況になったのだ。テロが発生した後に、相手の本拠地があると思われる地域に報復攻撃しても、対抗できるどころか、火に油を注いでしまう。このためテロの発生を防ぐ自衛手段として、徐々に監視型社会へと移行しつつある。さまざまな場所にカメラやセンサーを取り付け、人々や物を監視するのだ。そして、テロのみならず、事故、犯罪、病気などを未然に防止しようとしている。IoTの必要性もこの文脈上で語られる場合が多々ある。

ただし、いかに監視カメラをさまざまな場所に取り付けたとしても、映像の中から怪しい人を見つけるためには、カメラの数だけ人が必要になる。これは明らかに現実的な方法ではない。人件費が膨大になるだけではなく、プライバシー上の問題も抱えることになる。そこで解になるのが人工知能である。人工知能ならば、膨大な数のカメラから吸い上げた映像から怪しい人を瞬時に見つけることができる。さらに、検索ワードを人目にさらさずに機械で一貫処理すれば、プライバシー上の問題は起きにくい。この点は、サーバーに入れたメールや写真のデータを機械で解析し、広告を表示して収益を挙げているグーグルが実証済みである。

人工知能は、驚くべきインパクトを持った技術である。その力には、大きな可能性と、大きな脅威という2つの側面が存在する。人工知能とは、どのような特徴とインパクトを持った技術なのか、職種や立場を超えて知る必要があろう。次回は、人が作る機械がなぜ人を超える能力を持ちえるのかという観点から、人工知能の仕組みとその特徴、そして今後の進化の方向性を解説する。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

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