No.002 人と技術はどうつながるのか?
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歴史

もっとコンピューターを感じたい

[写真] サザーランドらが開発したHMD。

出典Virtual Reality Headset Prototype By Pargon via flickr

スケッチパッドで人間とコンピューターとのコミュニケーションを刷新したサザーランドは、1965年に「究極のディスプレイ」という論文で仮想世界のヴィジョンを示し、1968年にヘッドマウントディスプレイ(HMD)という装置を作り、人間を仮想世界へと導いた。コンピューターがつくる世界へどのようにアプローチしていくのか。そのひとつがコンピューターとの対話の道具としての「マウス」とするならば、HMDからはじまるアプローチは人間の身体そのものを仮想世界に取り込んでいこうとするものであった。しかし、サザーランドが開発したHMDの画像を見てもらいたい。HMDを通してユーザーは仮想世界に「入り込む」が、ここでは「メガネ」が天井に繋がれている。よって、このHMDでは仮想世界を自由に動くことができない。ここから、仮想世界をより自由に動きまわるための様々な試みがはじまったのである。

1992年にイリノイ大学で開発されたCAVEシステムは、部屋全体に3D映像を投影して、そのなかを3Dメガネをつけて探索するというものである。ひとつの仮想空間を同時に多くの人が体験できるこの装置は、アートの世界でも多く用いられた。CAVEが示すアートと仮想世界との結びつきからも分かるように、仮想世界を探索するためのインターフェースの開発はコンピューター科学というアカデミックな領域だけではなくメディアアートや、私たちに身近なビデオゲームという領域でも行われている。メディアアートにおいては、1989年に発表された自転車と3DCG空間を結びつけたジェフリー・ショーの《レジブルシティ》をはじめとして、1990年代に工学的発想とは異なるアーティストのアイデアに基づく様々なインターフェースをもつ作品が発表された。それは仮想世界とヒューマンインターフェースの可能性を拡げることになった。また、ビデオゲームにおいては平面的な仮想世界への対応として「十字ボタン」が、3D空間に対しては「3Dスティック」が開発された。これらが私たちの身体感覚を仮想世界へダイレクトに伝え、プレイヤーと主人公との一体感を作り出しているのである。その延長線上に、私たちの運動感覚そのものをゲームという仮想世界に反映させる Wiiリモコンやキネクトがでてくるのである。

[写真] ジェフリー・ショー《レジブルシティ》

私たちはヒューマンインターフェースをより使いやすく、小型化しながらコンピューターと向き合ってきた。そして、今ではそこに「五感を使った感覚的な臨場感」を付け加えつつある。しかしながら、コンピューターの次のヒューマンインターフェースをかたち作るヴィジョンが、明確には見えていないように思われる。それはブッシュをはじめとする多くのヴィジョナリーが示した「コンピューターのひとつの理念」が完成しつつあることと無関係ではないだろう。これまでコンピューターの未来を切り開くことは、先人たちの示したヴィジョン「人間知能の拡張」を実現していくことを意味していた。そして、そのヴィジョンはひとまずの完成を示しつつある。だが、その先はどうなっているのだろうか。「ヒューマンインターフェースのこれから」を示すヴィジョンは空白のままなのではないだろうか。だからこそ、次のヴィジョンが求められているのである。

次のヴィジョンのヒントは、コンピューターと向い合ってきた私たちに生じているマウスとカーソルの感覚、十字ボタン・3Dスティックの感覚、タッチパネルの感覚といったものにあるのではないだろうか。これらのヒューマンインターフェース由来の感覚は、特に意識することはないが、私たちの身体に蓄積されていっている。おそらく次の数十年は、こうしたあたらしい感覚と、人間が長い歴史で培ってきた馴染みある感覚を組合せたヒューマンインターフェースが開発され、今までにない「第六感」のような感覚でコンピューターを感じられるようになるだろう。

Writer

水野 勝仁

インターフェース、メディアアート研究。
東京藝術大学、愛知淑徳大学他で非常勤講師。
1977年生まれ。ユーザ・インターフェースにおける「マウス」の研究から、エキソニモ《断末魔ウス》を経由して、ディスプレイ上の「カーソル」や画像のあり方を考察するようになる。主な論文に「あいだを移行する「↑」:エキソニモ《断末魔ウス》、《↑》におけるカーソルの諸相」(『映像学』第85号,日本映像学会,pp.20-38,2010年)など。
http://touch-touch-touch.blogspot.jp/

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