人工知能からHCI(ヒューマン=コンピューター・インタラクション)へ
グーグルの生みの親が語る、コンピューターと人の関係。
2012.08.10
グーグルの共同創設者ラリー・ページを輩出したことでも知られる、スタンフォード大学 テリー・ウィノグラード研究室。最先端のHCI(ヒューマン=コンピューター・インタラクション)の研究に取り組み、今では、そのパイオニアとして知られるウィノグラード教授も、元々は人工知能(AI)の研究を行っていた。なぜ、AIからHCIにシフトをしたのか?その研究の変遷と歴史を振り返り、同氏が考えるHCI研究の本質に迫る。
人とコンピューターの関わり方をデザインする
──コンピューターサイエンティストでありながら、デザインや、コンピューターと人の関わりに関心を持ってこられました。研究を始めたのはいつ頃ですか。
人とコンピューターの関わりを研究する「ヒューマン=コンピューター・インタラクション(HCI)」に最初に関わり始めたのは、1990年頃です。当時私は、著書『コンピューターと認知を理解する(Understanding Computers and Cognition)』(フェルナンド・フローレスとの共著)を出した後で、シリコンバレーの産業界の関係者とも話し合って、デザイン志向のHCIコースをスタンフォード大学のコンピューターサイエンス学部に作ることにしました。さらにその数年後には、いろいろな人を集めてワークショップを開き、それが『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Computers)』(ウィノグラード編著)の出版につながりました。その頃から深くHCIの研究へ移行していったわけですが、それは、優れたインタラクション・デザインの実現を妨げているのは技術的な問題ではなく、人間の認知の方法を知るのが難しいからだと気づいたからです。もともと人工知能(AI)の研究でも人間的な側面に関心を持っていましたが、ここへ来て認知という領域へ踏み込んだのです。
──HCIというのは、具体的な人とコンピューターとの関わりの実例の中で、機能するデザインを追究する研究と考えていいのでしょうか。つまり、総論が先にあるのではなくて、具体例を積み重ねていくというアプローチですね。
「具体的」といった場合にはふたつの意味があります。ひとつは、人とコンピューターとのやりとりを具体的なトピックを通して考えること、もうひとつはそのトピック自体を、実際のプロトタイプを作って確かめながら探っていくことです。正解を決めて、それを分析し、HCIのデザインを導き出すのではなく、アイデアを人が体験できる具体的なものにして、コンピューターとのやりとりをテストし、そこからまた次のステップへ進むというやり方です。
──そもそもAIの研究から離れられたのも、そうしたアプローチの考え方の違いがあったからでしょうか。
AIの研究を始めたのは1960年代、マサチューセッツ工科大学(MIT)のAIラボでのことでした。当時、そこで主流になっていたのは、「人間のように考える機械を作る」という考え方です。マービン・ミンスキー教授は、私のアドバイザーの一人でした。MITでの研究時代、その後のゼロックスPARC研究所(1970年に設立された技術研究所で、グラフィックなユーザー・インターフェースの先端的開発で知られていた)時代、そしてスタンフォード大学へやってきてからの時期も含めて、AI研究を7、8年続けたでしょうか。そのうち、人間が考える方法とコンピューターが考える方法との間にかなり大きな隔たりがあることが明らかになるにつれ、この目標が達成できるのかどうかに疑問を抱くようになったのです。そして、哲学者や生物学者らと議論したりしました。そうする中でこう思ったのです。目標達成が難しいのは、回路が十分でないとか、コンピュテーション力(コンピューターの計算能力)が弱いということでは決してない。そうではなくて、実は人がどうコンピューターとやりとりするかを理解しようとする方が、人がいかに考えるのか、それがインタラクション(人とコンピューターの相互作用)の方法にどう影響するのか、その示唆を多く得られると考えるに至った。つまり、自分のやるべきことは、人のように考えるコンピューターを作ることではなく、人とうまくやりとりできるコンピューターを作ることだという結論に達したのです。必要なのは、人の思考の性質を網羅する正式な理論ではなく、コンピューターと人の関係を実験して結果を観察し、さらに新しいことを試すための方法だということです。
──その方法で、当時AIが目指していた同じ目標に到達できると思われたのでしょうか。
いえ、違います。これはよく学生にも言うのですが、当時のAIのトップダウン的な方法では「知能」には到達できなかったのです。その時私にはふたつの道がありました。ひとつは、人間の脳の中で何が起こっているのかを深く研究するために神経科学へ進むこと。周知のように、この分野はゆっくりではありますが、一歩ずつ脳に近づいています。あと100年もすれば、研究が報いられる日が来るでしょう。そうなれば、脳の働きをシミュレートしてコンピューターに応用し、AIが目指していた目標も実現できる。もうひとつは私が選んだ道で、コンピューターを人とうまくやっていけるようなものに作り上げることです。
──人間の思考を模倣するというAIの最終目標を目指さなくても、コンピューターを人間のためにうまく機能するものに作ることはできるということですね。
そうです。しかも、過去30年間のAIでの進歩を見てみると、今では人の知能を複製しようという研究はなくなっていることがわかります。たとえば、スタンフォード大学では自律運転車を開発中ですが、それも人間のドライバーをモデルとするのではなく、数学的、コンピュテーショナルなテクニックを利用しているのです。現在のAIのほとんどは統計学的なアプローチを用いていて、多量のデータをプロセスして何らかの決定を導き出すというものです。つまり、AIはシンボリック的なアプローチから数学的アプローチに完全に移っているということです。