No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Scientist Interview

半導体プロセスがイノベーションの素地に

── 半導体の製造プロセスがルーツなのですか。一木先生の専門は何だったのでしょうか。

学生時代には、ボロンナイトライド(窒化ホウ素)というⅢ-Ⅴ属系の半導体材料の結晶成長の研究で学位を取りました。そして、その材料を使って発光デバイスを作ってみたいと考え、半導体プロセスを研究していた堀池靖浩先生の研究室の助手になりました。ところがその後、半導体業界での技術開発が企業主導となり、大学が貢献すべき共有課題が少なくなってきました。そこで、半導体プロセス技術を活用できる新たな応用先を模索した結果、行き着いたのがバイオや医療などの分野だったのです。

── 確かにLab on a Chipというのは、まさに半導体産業の発想ですね。

私がバイオや医療の世界で研究を始めた時点では、Lab on a Chipのような研究はかなり先走った状態だったと思います。研究や技術の蓄積があるわけではなかったので、必要なデバイスもそれを作り出す製造プロセスも、すべてゼロから考える必要がありました。現在、この分野には、医学、化学、工学など様々な分野の人が集まり、それぞれの専門性を持ち寄って研究を進めています。そうした中で、私たちは半導体プロセスの研究を通じて得た技術を生かし、新しいデバイスを次々と作ることができました。このため、比較的順調に研究を進めることができたと思います。

半導体産業は、他業界では考えられないような巨額の投資をして、神業のように精密な製造プロセス技術を確立し、高度なチップを生み出している産業です。その突出した技術は、未来の技術を先取りしたものと言っても過言ではなく、転用すれば医療やバイオの分野の発展に確実に寄与すると考えています。

マーカーの確定が実用化への鍵

── 先生の研究では、現時点でどのような成果が得られているのでしょうか。

現在、マイクロ流体デバイスとして機能するカード型デバイスのプロトタイプが出来上がっています。これに血液を注ぎ、テーブルに載る大きさの分析器にかけることで、血液中に含まれているエクソソームを他の成分から分離し、エクソソームを破砕してmiRNAを取り出し、塩基の配列を解読できるのです。それら一通りの作業は自動で行われ、約30分で終了します。

現在のプロトタイプでは、数十種類のmiRNAを同時に解読することができます(図3)。原理的には、人間の体の中で見つかる約2500種類のmiRNAをすべて検出できますから、マーカーの研究が順調に進めば、血液中の数種類のmiRNAを解読すれば、病気を判定できるようになるでしょう。それに必要なレベルには達しており、技術のプラットフォームは出来上がったと言えます。

数十種類のmiRNAを同時検出
[図3]数十種類のmiRNAを同時検出

── 装置の基礎の部分は既に出来上がっているのですね。実用化に向けた課題は、どこにあるのでしょうか。

バイオマーカーとなるmiRNAが、現時点で確定されていません。特定のmiRNAとそれぞれの病気の相関を示す論文は数多くあるのですが、信頼性が高い、実用化できそうなものを選りすぐる必要があります。科学者のコミュニティで、広く認められるようになるまでには、多くの検体を使って統計学的に意味のあるデータを取得する必要があります。

ただし、バイオマーカーを確定させるためのプロジェクトは国内外で精力的に進められています。がんを対象としたバイオマーカーでは、厚生労働省が管轄する国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が研究費を配分し、国立がん研究センター(NCC)の落谷孝広先生が旗振り役になって研究を進めています。落谷先生は私たちのマイクロ流体デバイス研究の共同研究者でもあり、臓器別に13種類のがんを、進行具合も合わせて診断できるバイオマーカーを開発することが目標です。

レントゲンなどによるイメージングの感度も上がってきてはいますが、乳がんのように見つけにくいがんもあります。また、膵臓がんのように体の奥にある臓器のがんは触診もイメージングもできません。しかし、バイオマーカーを使った診断ならば、こうした早期発見が難しいがんを見つけ出すことができます。バイオマーカーの開発は、成功すれば大きなビジネスに発展するため、ベンチャー企業がたくさん参入しています。現在の研究開発のペースを考えると、実用化が何十年も先になるということはないと思います。私たちが作ったプロトタイプも、こうしたマーカーの開発に大いに貢献できると考えています。

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