No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Scientist Interview

ダウンサイジングで目指す「体内病院」

 

── 手軽に検出できるようになったmiRNAを、病気の診断に活用するためには確かな知見が必要なのですね。装置開発の面では、今後は何を目指すのでしょうか。

極力、装置を安価にするため、小型化を推し進めていきます。私たちのプロジェクトとしての目標は、持って歩ける携帯型診断装置を作ることです。現状の健康保険制度では、医療費は治療に配分されており、高度な診断は気軽に実施することができません。診断に多くのコストをかけられない状態なのです。診断装置の小型化は、診断コストの低減に直結します。

また、低コストで気軽に診断できる環境が整えば、保険会社が診断の結果を生かした新しい保険商品を作り出せるかもしれません。そして、診断を促進して予防を進めることが、膨れ上がる医療費の削減につながるエビデンスを得られれば、自治体などが実施する健康診断の中に組み込まれるようにもなるでしょう。

さらに、実用化に向けては、研究成果を企業などにどのようにバトンタッチしていくかを考えなければなりません。既に私たちは、ニコンをパートナーとして検査装置を開発しています。実用化に向けては、様々な分野のより多くの企業と、技術を共有していく必要があります。

── エクソソームやmiRNAの働き自体に、未知の部分がありそうです。miRNAを検出する技術にもまだ見えていない可能性があるかもしれません。

エクソソームはアルツハイマー病などにも関わっている可能性があります。また、体の中の特定の場所に物質を送り届けることができる性質を生かして、心臓の血管の損傷を、間葉系幹細胞が吐き出すエクソソームを投入することで修復するアイデアがあります。さらに将来には、人工的にデザインした物質をエクソソームに入れて、これまで調べられなかった病気の検査や、治療に活用できるかもしれません。

私たちのプロジェクトは、「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点(Center of Open Innovation Network for Smart Health:COINS)」の6つあるテーマのうちの一つとして進めています。COINSでは、30年後の社会をどのようにしたいのかを念頭に置き、「体内病院」というキーワードに基づく研究を進めています(図4)。

体内病院とは、病院が備える病気の検出・診断・治療の機能を、体の中に入れる技術の確立を目指したコンセプトです。そのため、街のクリニックや在宅での高度な診断は、体内病院の実現に至るマイルストーンになります。人間は元々、病気を検出・診断・治療する機能として免疫系を持っています。そして、免疫系では追いつかない状況が発生すると、病気になり、進行してしまうのです。この免疫系を補う機能を、人工的に作りたいと考えています。

10年間掛けて体内病院の実現を目指す
[図4]10年間掛けて体内病院の実現を目指す

医学や生物学の発展には、研究で用いられる道具や装置の発展が不可欠でした。私たちが研究している装置は、医療の発展に必ずや貢献できるものと信じています。

一木 隆範(いちき たかのり)
 

Profile

一木 隆範(いちき たかのり)

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 教授

公益財団法人 川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター ラボ長/主幹研究員

1995年東京大学大学院工学系研究科金属工学科博士課程修了、博士(工学)取得。同年から東洋大学工学部電気電子工学科で助手、講師、助教授を務め、LSI微細加工プロセスならびにバイオエレクトロニクス分野の研究に従事。2004年より東京大学大学院工学系研究科総合研究機構助教授。2006年 バイオエンジニアリング専攻准教授。2016年 マテリアル工学専攻教授。2015年よりナノ医療イノベーションセンター主幹研究員を兼務。専門はナノバイオテクノロジー、バイオデバイス、微細加工技術。最近は、迅速がん診断デバイス、ナノ粒子解析プラットフォーム、さらにはマイクロアレイを利用する高速生体分子進化システム(人工生体分子工場)の開発等に取り組んでいる。

http://bionano.t.u-tokyo.ac.jp/

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表。

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

http://www.enlight-inc.co.jp/

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