No.013 特集 : 難病の克服を目指す
Scientist Interview

── エネルギーはどの程度送るのですか。

まず私たちは、どのくらいのエネルギーをカプセルデバイスに供給するのが適切なのか、探ることにしました。そこで、平均的な携帯電話の出力と同じレベルの500mWからはじめたのです。しかし、実験を繰り返すうちに、心臓の近くで受信するためには安全マージンを取り、200µWくらいが適切だろうという結論に達しました。

従来のペースメーカーではもっと保守的に考えて100µWを供給しています。

我々の送信機の寸法はセンチメートル程度ですが、我々が試作した受信機となる超小型のペースメーカーは直径がわずか2mmしかありません(図1)。

開発した超小型のペースメーカー
[図1](再掲)開発した超小型のペースメーカー(左)直径2mmしかないため直径3mmのカテーテルに入る
右の大きなものが一般のペースメーカー 写真撮影:Eri Morita

カプセルデバイスが送信する電波の安全性については、HFC(HFC Safety Council)が定めた基準を満たしています。また、私たちが送信機に供給する0.2mW(=200µW)の電源パワーというのは、携帯電話の安全性を満たす規格値の1/10以下なので、極めて安全だということがわかりました。

図1の小さな米粒のようなカプセルが、第2世代のペースメーカーです。従来のペースメーカー(図1の右)をこれに置き換えて、心拍数を測り、パルス幅や間隔など心臓のペースを制御するわけです。この小さなペースメーカーには、新規格の送受信機および電源や、ペーシング、さらには手順ソフトを導入しています。

さらに、ペースメーカー以外にも、試作したカプセルデバイスがあります。例えば、市販の小さなイメージセンサ(カメラ)をカプセルに取り付けて、体内の写真を撮り、その画像データを体外へ送信するものです。外側は市販のエポキシ樹脂で封止され、トランスミッターチップは1mm角程度の大きさで、超小型カメラを搭載しています。このカプセルの電源出力は2mWあるので、写真を撮影し、そのデータを体外に送ることができます。また、2mWの電源があれば、LEDを光らせることも可能です。

── 外から追跡できるカプセルも試作。

時刻ごとにデータをとるために、タイムトラッキング(時間追跡)用のカプセルも作りました。体内に埋め込み、移動させる場合にライトを点灯し、それを時刻のスタンプとして我々に知らせます。トラッキングは非常に役に立っています。

また、ペースメーカーのエネルギーソースがカメラだと考えてください。その上からダイナミックに調整してインプラントに焦点を合わせます。これと同様、エネルギーを送る部分に焦点を合わせます。そうすると小さな部分にエネルギーを集中させることができます。

以上をまとめますと、私たちは、ペースメーカー、それに埋め込むラピッドモデル、そのための位置合わせ、さらに理論モデルを設計・試作しました。基本的に我々は理論的な研究をして、エネルギーを発生させるための方法を実現し、波を送る方法を決めました。それはもっと多くのエネルギーをインプラントのある場所に直接たくさん送ることができる方法です。さらに、効率を上げ、同時にデバイスを小型にしてきました。

── この第2世代のカプセルデバイスを、次の段階として光遺伝子工学の研究に応用しているそうですが、その詳細を教えてください。

今行っているのは、マウスの頭に小さな青色LEDを発するカプセルデバイス埋め込んで、ワイヤレスでマウスの動きをコントロールできることを観察しています。直径21cmの円筒状の台(以下「ホットステージ」)の上(図3)にマウスを置き、電源を供給する場合としない場合による行動の違いを見ています。電源を供給しない場合には、マウスは円盤上をランダムに動きます。つまり動いたり、休んだりしますが、動く方向はランダムです。しかし、ワイヤレス給電によって、LEDを体内で光らせると、マウスは円周を走ります。そして給電を止めると、再び動きを止めるか、ランダムにゆっくり動くのです。つまり、動物の動きをコントロールできるようになります。

マウスの体内に埋め込む通信機付きのLED
[図3]マウスの体内に埋め込む通信機付きのLED ホットステージの上で遺伝工学を実験 写真撮影:Eri Morita

── その光を使って何をするのですか?

LEDを光らせることが目的ではありません。ニューロンには軸索という長い配線に相当する枝があり、神経や軸索を刺激するのに、これまでは電気信号を使ってきました。しかし電気信号を用いる場合、刺激を与えたいニューロンを直接刺激するには、電極を特定のニューロンに近づけなければなりません。こうした用途のため、極小の電極を作り、特定の神経に近づけることはとても難しいのです。それが、LED光を当てるのであれば、光を当てるべきニューロンから多少離れていても、ニューロンに刺激を与えることができます。

しかも、第2世代の小さなデバイスのおかげで、特定のニューロンや軸索を刺激することができるようになりました。これまでは、たくさんの束になったニューロンや軸索しか刺激することができなかったため、どのニューロンが動物の行動を司るのか、わからなかったのです*8

光遺伝子学のコンセプトを発明し、この分野の第一人者であるカール・ダイセロス氏は、これまでニューロンを刺激するのに、マウスの体外からレーザーなどで光を当てて、実験をしていました。

しかし私たちは、ワイヤレス給電により、体内から光の刺激を加えることを可能にしたのです。そのことをダイセロス教授に伝えると、教授は大変興奮して喜びました。それまでは体外から体内に光ファイバや配線などを埋め込んでいたため、動物は動きを制限されていましたが、これによって自由に動き回れるようになったのです。

それと同時に、私たちはもっと広い範囲の距離までカバーすることを考えました。例えば、ワイヤレスのニューロン刺激実験において、動物が電源を供給するホットステージ上にいる場合、動物の体内に磁石を埋め込むと、それが磁気センサとなり、動物のいる位置を知らせてくれます。すると、動物に供給する電源のエネルギーを、動物がいる場所に集中させて送ることができるようになります。

[ 脚注 ]

*8
それぞれのニューロンや軸索を刺激できるようになると、個別のニューロンの動きを解明して、これまで治療できなかった精神障害を治療できる可能性が出てきた。オプトジェネティクス(光遺伝子学)の第一人者で、ノーベル賞候補と言われているカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)氏もエイダ・プーン氏と同じスタンフォード大学で教授職に就いている。ダイセロス氏は、精神障害を治したいとの思いから、光遺伝子学を生み出したという。

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