No.013 特集 : 難病の克服を目指す
連載02 デジタル化した触覚がUIとメディアを変える
Series Report

視覚と触覚の競演で作り出す新しいUI

視覚と触覚を組み合わせて、新しい操作感を持ったUIを作る試みも進んできた。Microsoft社は、タッチパネルを備えたデスクトップパソコンに新しい操作感を生み出す試みをしている。同社が米国で発売したデスクトップパソコン「Surface Studio」の周辺機器として、「Surface Dial」と呼ぶ入力デバイスを開発した(図4)。タッチパネル上に、高級オーディオのボリュームのような機械的なダイヤルを置き、これによってパソコンのアプリケーションソフトと連動したコマンド操作を行うものだ。例えば、ペイントソフトと併せて使う場合には、ボタンを押すとダイヤルの周りにカラーパレットが表示され、これを回転させながらタッチペンで色を選んだり、描いている絵を回転させたりできる。

視覚と触覚を融合させたUIを採用したMicrosoft社の「Surface Dial」
[図4] 視覚と触覚を融合させたUIを採用したMicrosoft社の「Surface Dial」
出典:Microsoft社のニュースリリース

一見このデバイスは、電子機器のUIの進化の流れに逆行しているようにも見える。しかし使ってみると、これはタッチパネルとダイヤルのいいとこ取りをした画期的なUIだ。ダイヤルは、組み合わせるソフトの種類や利用するシーンに合わせて、操作内容を柔軟に変えることができる。ダイヤル自体には何の説明も目盛も書かれていないが、何を操作するダイヤルなのかは、パネル上のグラフィックスを見れば一目瞭然だ。しかも、ダイヤルを回す感触をフォースフィードバックによって作り分け、より操作感を向上させている。さらに、ダイヤル自体を好きな場所に移動することができ、パネル上だけでなく机の上に置いて操作もできる。

サイバーな情報を手で触れる

機械との一体感や操作感が得やすい、触覚や力覚を活用したUIの特性に着目し、全く新しいUIを探求する取り組みも活発化している。この分野では、日本の研究者の活躍が目立つ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボの石井裕教授は、「タンジブル・ビッツ」と呼ぶ新しいUIのコンセプトを1997年に発表した。そのコンセプトは、人と機器の親和性が高いUIを設計するうえで、世界中のUIデザイナーに多大な影響を与えている。

タンジブル・ビッツとは、直訳すれば「触れる情報」ということだ。コンピューターや電子機器で扱う実体がないデジタルな情報を、人が直接触れられる実体として表現し、これをUIとして活用する。マウスやキーボード、あるいはタッチパネルといった、情報をリモートコントロールするためのデバイスを作るのではなく、仮想的な情報に直接触れて操作できるようにするという点が斬新だ。石井教授は、自身の研究を「新しいそろばん」を作っていると表現している。玉の動きでの数のやり取りを表現するのと同様に、扱う情報と操作手段を一体化させたUIを目指す。抽象的な説明をしても分かりにくいので、その効果を端的に示す具体例を2つほど紹介する。

IoT時代のインタフェースの先駆け

ひとつは「SandScape」と呼ぶ装置である(図5)。箱の中に満たした細かなガラスビーズを使って、砂場で山や川を作るように箱庭風の地形を作る。すると作り出した地形をコンピューターが読み取り、「夕方の日当たりの状況」や「雨が降った時の水の流れ」などを計算して箱庭中に色や矢印で表示するというものだ。同様のシミュレーションは、地形の3Dモデルを作成してもできる。しかし、SandScapeでは地形と水の流れなどの関係を、小さな山や川に手で触れながら理解できる。景観設計と地形効果の検証を同時進行できる、極めて効果的かつ効率的なUIだ。

日当たりや降雨時の水の流れを実感しながら地形を設計できる「SandScape」
[図5] 日当たりや降雨時の水の流れを実感しながら地形を設計できる「SandScape」
出典:MITMediaLab Tangible media Groupのホームページ

クルマの車体や航空機の機体は、かつてはデザイナーが粘土でクレイモデルを造形し、これを風洞実験して空力性能を確かめるといった手順で設計していた。これが今では、車体や機体の性能を検証しやすい3Dモデルを使って設計し、3次元プリンタで試作する手法が主流になってきている。しかしSandScapeならば、抽象的な3Dモデルを作成することなく、クレイモデルを作るのと同様の感覚で、デザイン性と性能を実体に触れながら造形することができる。

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