No.009 特集:日本の宇宙開発
連載02 生活と社会活動を一変させる、センサ革命
Series Report

畑での疫病の発生を事前に察知して対策

次は、食料を安定生産するための農業での事例だ。農業は、天候などに収穫量が左右されやすい、不確実性の高い産業である。リスクを軽減し、作物の品質や収穫量を安定させるために、センサを活用する事例が出てきている。ポテトチップスなどを生産するカルビーは、原料となるじゃがいもを安定調達するため、特に収穫量を減らす要因となる疫病の発生を予測し、事前に対策を取るシステムを構築している。

道内の生産地区3カ所に気温、降水量、湿度、風向、風速、日射量などのデータを10分間隔で自動計測する気象センサを設置(図7)。そこから集めたデータを基に、専門機関「北海道病害虫防除所」が考案した算出モデルを使って、疫病の発生日を予測している。疫病発生のリスクを察知した場合には、北海道内の約1100件の契約農家に疫病の予防作業を促すメッセージを送信する。これによって、カルビーでは、以前よりも安定的にじゃがいもを調達できるようになったという。

カルビーが疫病の発生を事前に察知するために利用している気象センサの図
[図7] カルビーが疫病の発生を事前に察知するために利用している気象センサ
出典:気象センサ「ウェザーバケット」を供給するエスイーシーのサイト

これまで農業は、生産者の経験やノウハウなど属人的な知見に基づいて行われることが多かった。作物の生育環境と収穫量や品質を、データで把握することで、再現性が高い、継続的な改善が可能な生産活動ができるようになる。そうしたデータは、今後新たな産業として成長が期待されている植物工場のような、生産環境を正確に管理できるところで活かされる。

膨大な生活習慣データが医療を進歩させる

最後は、医療分野での事例である。Apple社の「Apple Watch」に代表されるように、センサを搭載したウェアラブル機器を身につけて、健康維持に活用しようとする機運がにわかに高まっている。以前ならば、薬事法の障壁が高くこの分野への電子システムの応用には、数々の困難が伴っていた。しかし、少子高齢化が進み、医療制度の維持におしなべて課題を抱えている先進国の政府は、大きな病気にかかる前に対処できるようにするシステムの実用化に、前向きになっている。

東芝は、東北大学などと協力して、リストバンド型の生体センサを利用して、生活習慣病の予防を目指す「日常人間ドック」と呼ぶ取り組みを進めている。日常、歩数や消費カロリー、睡眠時間、寝返りの頻度などから推定する睡眠状態、会話量、食事時間、位置情報、脈拍、紫外線量、皮膚温度などを記録。さりげなく行動や心身の情報を収集して、健康状態を明らかにしようというものだ。体調を常に把握することで、病気になる前に、先手を打って対策を施す。これからは、こうした体調管理を支援する機器やシステムが、ますます普及することが予想される。

また富士通は、家中に設置した約110種類のセンサとウェアラブルセンサから、住人の隠れた運動機能の異常を早期発見する技術を開発した(図8)。日常の行動や状態を数値化して、人によって異なる隠れた異常を明らかにすることが可能になる。例えば、「足をひきずるように歩く」ある患者が、「ベッドから起きた」直後の「歩いている」時にバランスを崩す傾向があるといった、日常生活に潜んだ個人ごとに異なるリスクを検出することができる。さらに、一見別のシーンで起きたようにみえる異常との間の関係性を抽出して、その奥に潜む病状などを探ることもできる。

富士通の住宅内のセンサで運動機能の異常を早期発見する技術の図
[図8] 富士通の住宅内のセンサで運動機能の異常を早期発見する技術
出典:富士通

多くの人が記録し続けたことで得られる生活習慣と体調の膨大なデータは、医学の発展にも寄与する。医療関係者が、病気に関する理解を深め、予防法や治療法を探る場合の最大の悩みは、研究対象として参加してくれる人の数を確保できないことだ。健康だった人が病気になる過程を探るためには、健康な人に参加してもらって生活習慣に関するデータを取得しなければならないので、なおさら難しい。Apple社は、「iPhone」やApple Watchに組み込んだセンサで簡単に生活習慣を記録したり、体調をチェックしたりできるアプリを開発するための開発キットを用意している。狙いは、気軽に、かつプライバシーを守りながら、こうした研究に貢献できる環境を作ることだ。

今回は、さまざまな分野で次々と出てきている、センサを活用した新しいコンセプトの機器やサービス、ビジネスを紹介した。ただし、今回の事例は、既存のセンサ素子を、上手く活用することで出来上がった事例ばかりだ。逆に言えば、センサ素子を新規開発しなくても、活用法を工夫するだけで、これだけインパクトのある機器、サービス、ビジネスを開発できるということだ。センサ素子自体を、新しいニーズに合わせて開発することができれば、さらに大きなインパクトを生み出すことだろう。次回は、センサ革命を加速させる、新しいセンサの技術について解説する。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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