No.009 特集:日本の宇宙開発
連載04 自動運転が拓くモータリゼーション第2幕
Series Report

見通しの悪い交差点も安全・円滑に通過

道路インフラとの情報交換や車々間通信による自動運転システムは、現時点ではまだ実用化されていない。ただし、ITS関連のインフラ整備は進み、車々間通信も米国の運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が2019年までに搭載の義務化を決めたように、確実に前進している。自動車メーカーや電装メーカーが、今後の実用化を目指して開発・テストしているシステムをいくつか紹介しよう。

まずは、「警告システム」。トラックから落下した積み荷のような障害物が進路にある場合、障害物までの距離と走行速度に応じたタイミングでドライバーに警告するものだ(図4)。救急車や消防車など緊急車両が接近した場合にも、緊急車両の現在位置と進行方向を知らせる。

前方障害物提供サービスのサービスイメージ図
[図4] 前方障害物提供サービスのサービスイメージ
出典:国土交通省国土技術政策総合研究所 国総研プロジェクト研究報告 第41号「セカンドステージITSによるスマートなモビリティの形成に関する研究」

次は、ブレーキライトの機能を強化する「エレクトロニック・ブレーキ・ライト」。前走車が急ブレーキを掛けた時、車々間通信で後続車に知らせる。遠距離や見通しが悪い地形でも確実に伝わるため、後続車のドライバーは余裕を持った対処ができる。同様に、「交差点運転支援システム」では、優先権のある車両が交差点を横切ることをドライバーに知らせることで、出会い頭の事故を防ぐ。街路樹、建物、他の車両などによって視界が悪くなっている交差点で有効なシステムだ。

信号機の動きをクルマの動きと連動させるための技術開発も進んでいる。「信号機フェーズアシストシステム」は、信号機と車両が情報を交換し、ムダのない道路の運行と同時に、停止と発進のような燃料を多く消費する動作を減らすシステムである。例えばクルマが現在赤信号の交差点に近づいた時、青信号で横断できるタイミングで交差点に達する速度を、現在青信号の場合には青信号の状態で交差点を通過できる速度をドライバーに知らせる。

「交通標識アシスタントシステム」は、速度制限や工事を知らせる道路標識の情報をドライバーに伝えるものだ。カメラで取り込んだ映像から、標識の意味を読み取るシステムも検討されているが、標識とクルマが無線を使って直接情報交換することで、視界が悪い場合や道路標識が雪で覆われて見えない場合でも必要な情報を確実に伝えることができる。

実現には業界構造の変革が必須

過去の自動車関連の技術は、ドライバーが運転することを前提にして、安全性や快適性、利便性を向上させるような方向に進化してきた。ドライバーの操縦を前提としない自動運転システムの開発は、自動車業界としては未曾有のチャレンジである。しかも、システムの実現には、本業の技術分野である機械以外にも、電子、電気、情報処理、ソフトウェアなど他分野の先端技術が必要になる。このため、開発体制の考え方をガラリと変えて取り組まないと、とても太刀打ちできない。

自動車業界、特に日本の自動車業界は、ピラミッド型の階層的な業界構造を採ってきた(図5)。自動車メーカーを頂点として、その下に電装システムなどを供給するティア1企業が、その下には電装システムを構成する半導体デバイスなど部品を供給するティア2企業がいるといった構造だ。

自動運転の実現には自動車業界の構造変革が必須の図
[図5] 自動運転の実現には自動車業界の構造変革が必須
出典:インフィニオン テクノロジーズ ジャパンのデータを基に作成

しかし、こうした業界構造では、来るべき自動運転に向けた技術を開発できなくなってきている。例えば、前述したダイナミックナビゲーションマップをクルマの内部で作成するためには、高度なゲームソフトの開発システムを丸ごと持ち運ぶような高度なITシステムが必要になる。既存の車載用半導体を組み合わせたものでは、とても要求を満たす機能や性能は得られない。逆に、どんなに高性能なものであってもIT機器用の半導体デバイスを転用したのでは、安全性が何より重視される車載基準を満たすことは確保できない。自動車メーカーが想い描く自動運転システムのコンセプトを、半導体デバイスなど部品のレベルから新たに作り込む必要があるのだ。

半導体デバイスの作り込みには、数年の時間を要する。これを自動車メーカーからティア1企業に要件を伝え、これをまたティア2企業である半導体メーカーに伝えたのでは、開発に時間がかかりすぎてしまう。また、特定仕様のシステムに合った半導体デバイスを作り込む場合、何度となく、細かい仕様変更や、部品間での仕様の擦り合わせが起きる。その度に伝言ゲームのような仕様の伝達があるのでは、いつシステムが完成するかわからない。

そこで近年注目されてきたのが、ドイツなどの自動車業界の構造である「パートナーシップ・トライアングル」と呼ぶ業界構造である。自動車メーカーとティア1、そして半導体メーカーを対等の関係と位置付け、自動車メーカーと半導体メーカーが、直接、技術交流できるようにする。半導体メーカーは、自動車メーカーの自動運転システムのビジョンや細かな仕様を把握した上で、将来求められる半導体デバイスの技術開発に的確かつ早期に着手できる。こうした業界構造への変化が必要になることを、日本の自動車メーカーも実感しており、徐々に業界構造が変わりつつある。

人工知能の投入が必須に

さらに、自動運転システムの開発では、ソフトウェアの開発力がとても重要になる。自動運転車の開発に、Google社などIT企業が大挙して参入している所以である。

前方に止まっている車がいるとき、それを追い越すのか、それとも停止したほうがよいのか。見えている白線が途切れたら、どこを走ればよいのか――。自動運転技術の実現の肝は、周辺環境や交通状況の変化に応じて、人間のように瞬時に的確な判断ができるかどうかにかかっている。つまり、人工知能の進化がカギになる。

現在、日米欧の自動車メーカー各社は、競うようにシリコンバレーに研究所を設立し、そこで自動運転技術の開発を進めている。狙いは、人工知能を含む、ソフトウェアの最先端技術とそれを操る人材を得ることだ。例えば、日産自動車はシリコンバレーの研究所で自動運転の技術開発を進めているが、開発チーム全員がソフトの専門家であり、そのうちの半数を米航空宇宙局(NASA)出身者が占める。同社は、NASAとの間で、5年間にわたって自動運転技術を共同研究すると発表している。

自動運転の実現には、こうしたソフトウェア以外にも、センサ、プロセッサーなどの半導体デバイス、情報処理や通信の技術などさまざまな最先端技術が求められる。次回は、自動運転システムを構成する技術の動向を紹介する。

Writer

伊藤 元昭

株式会社エンライト 代表。
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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