No.009 特集:日本の宇宙開発
Cross Talk

最初から2番を目指していては、世界で勝てない

 

國中 ── 自分が関わった小惑星サンプルリターンという領域は、世界の先陣を切って日本が挑戦して、獲得した技術だと思っています。小惑星というのは直径何百m、大きいものでもせいぜい何kmという岩のかけらなので、それを望遠鏡で見たところで、全く細部は分かりません。今までの宇宙探査・宇宙観測では、人工衛星や探査機に載るギリギリの大きさで電気効率のいい観測装置を作り、現場に持っていって、観測して、地球にデータを送るやり方でした。宇宙用に小さな観測装置をわざわざ仕立て、衛星で現地で観測していたんですね。

それに対してサンプルリターンというのは、現地から砂や石を地球に持って帰ってくる観測方法です。望遠鏡で見ても分からないような小さな天体にたどり着いて、そこからサンプルを採って地球に帰ってきます。それを地球にある非常に高精度な分析装置に掛けるんですね。例えば「SPring-8*4」や極端紫外光*5分析装置などで計測すれば、現地で観測する以上のことが分かるに決まっています。

牧野 ── SPring-8は、絶対にロケットには載らない大きさですね。

國中 ── そう、巨大ですから(笑)。おまけに現在のSPring-8も大変な高性能ですが、「はやぶさ2*6」が戻ってくる頃には、さらに性能のいい分析装置ができているかもしれません。それに取ってきたサンプルを地球の中で保管して、未来の分析装置に掛けることさえ可能なんです。これはある意味、日本が世界に先駆けて確立した観測方法だと思っています。

── サンプルリターンは、日本以外でも始まろうとしているのでしょうか。

國中 ── ええ、技術開発というのは競争ですからね。私たちは、「はやぶさ」初号機で世界で初めて成功しました。今、「はやぶさ2」に挑戦していますが、いよいよアメリカもこの領域に進出してきて、2016年に「オシリス・レックス*7」というサンプルリターンをNASAが始めます。そういう意味で言うと、我々はアメリカの挑戦を受けて立つ立場なんですね。

はやぶさ初号機及び2という探査機は大体500kgから600kgで、総工費はそれぞれ200億円とか300億円なのですが、オシリス・レックスは、何と2t。それに予算規模は1,000億円。すべからく3倍超の規模でやってくるわけですね。

牧野 ── アメリカは何と言っても国力も大きいし、やり方もマッチョですからね。

國中 ── それで日本が負けると決まっているかというと、そうではないと思うんです。アメリカは彼らのやり方と規模で来るけれども、我々は日本のやり方で立ち向かっていけばいい。例えばクルマで言うと、アメリカのカマロやコルベットやマスタングと比べ、日本の自動車技術が負けているかというと決してそんなことはありませんよね。軽自動車やハイブリッド車で世界中を席巻しているじゃないですか。

少なくとも小惑星サンプルリターンは、日本が世界に先駆けて勝ち得た領域ですから、私たちに地の利がありますし、そのアドバンテージは今後も維持していくべきだと思います。やっぱり、1番を目指さなきゃ1番になれないわけで、2番でもいいではダメなんです。

牧野 ── 最初から2番を目指しているようではね。

國中 ── もし「2番を目指している」と言う研究者や技術者がいたら、最初から勝てないと宣言しているだけなんですよ。

宇宙には、実際に行かないと分からないことが多い

 

國中 ── はやぶさ初号機は技術デモンストレーションで、当時の我々が持っている技術を数珠つなぎにして、本当にサンプルリターンができるのか検証するのが目的でした。ですから、これは「工学ミッション」として始めたものです。大変幸いなことに往復探査が実現して、サンプルを取って来られることがわかったので、今度のはやぶさ2は「科学ミッション」の意義を大いに含んでいます。

はやぶさ初号機の目的地は小惑星「イトカワ」でしたが、行って返って来られればターゲットはどの小惑星でも構わなかったんですね。結果的に、イトカワは平凡なS型小惑星でした。Sというのは石型、ストーンライクな小惑星です。

はやぶさ2ではC型小惑星(2015年9月29日に「リュウグウ」という名称に決定)に行ってサンプルを取ってくるのが目的です。Cはカーボン、炭素質小惑星です。これはS型よりも湿潤な小惑星だと考えられていて、水だとか有機物などが入っているらしいと言われる小惑星です。

S型、C型と来たので、さらにその次の目標になると、もっとウェットなD型*8などの彗星になりますね。そういったところからサンプルリターンをする方向に世の中はどんどん進んでいくと思います。

牧野 ── D型とか彗星核*9とか、ワクワクしますよね。特に小惑星帯に紛れ込んだ彗星核がありますよね。そこに行きたいものです。

國中 ── ヨーロッパの無人探査機「ロゼッタ*10」が、彗星への着陸に成功しましたね。あの「チュリモフ・ゲラシメンコ*11」という彗星も、なんて変な格好をしているんだろうと思うぐらい、突拍子もない形をしていました。

牧野 ── あの平らな面がないところに、どうやって着陸するんだろうって、本当にびっくりしましたね。イトカワの形も驚きましたが。

國中 ── イトカワも変な格好をしていましたけど、いや、へんてこりんな形状をしていてビックリしました。しかし、ロゼッタが近づいてロゼッタミッションの人たちがチュリモフ・ゲラシメンコを最初に見たときは、きっと仰け反るくらいに驚いたでしょう。

── 実際に行かないと分からないことは、宇宙にまだまだ多いのですね。

國中 ── 行く天体、行く天体ごとに、毎回驚かされるのはおそらく間違いないと思います。あの大きさのものになると、似たような天体は1つとしてないんでしょうね。

いつも見慣れた宇宙の光景というのは、別のシーンを見せられてストーリーがつながっていくんです。イトカワを目指す時は「そんな小さな小惑星に行っても面白いことは何もない」とずっと言われていました。1個の大きな岩だと思われていたのですが、実際はたくさんの石ころが載っかっていて、砂利を敷いたようにスムーズなところがあると思えば、大きな岩がゴロゴロしているところもありました。

牧野 ── 堆積があったんですね、粒径に応じて分布するという。

國中 ── ええ。どう考えても砂がこぼれてきて、流れて来て溜まっているというのが分かるわけです。つまり、何かのメカニズムがそこには働いていると観測して初めて思うわけです。すると、みんな一生懸命に何が起きたか考えるんですね。

多分、隕石が落ちてきて全体が揺れ、砂利が山の上から転がり降りてきて、重力の低いところに溜まってきた。もちろん1年や2年ではなく、100万年といった単位で起きたことでしょうけれども、言ってみれば、小惑星の上に造山運動があったということが分かったんです。

[ 脚注 ]

*4
SPring-8(スプリングエイト): 世界最高性能の「放射光(電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波)」を生み出せる大型放射光施設。ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。所在地は播磨科学公園都市(兵庫県)内。 http://www.spring8.or.jp
*5
極端紫外光: 波長10nm以下の紫外線(EUV:Extreme Ultraviolet)。半導体素子の表面に回路パターンを焼き付けるリソグラフィ技術にも使われ、半導体の微細化・高集積化に寄与している。
*6
はやぶさ2: 2014年12月打ち上げ。2018年夏に小惑星「リュウグウ」に到達予定。約18カ月間の滞在後、2020年末に地球へ帰還する計画。推力10mNに向上したイオンエンジンと着地探査ローバー「ミネルバ2」を搭載。サンプルリターンも行う。
*7
オシリス・レックス: NASAが小惑星「ベンヌ」からのサンプルリターンを目指して進めているプロジェクトの探査機名。2016年9月打ち上げ、2023年帰還予定。
*8
D型彗星: S型、C型、D型の順に、より始原的な天体とされる。有機化合物の多いケイ酸塩、炭素、無水ケイ酸塩で構成され、内部には水の氷を含む可能性がある。はやぶさ2の後、はやぶさMk2プロジェクトで探査計画がある。
*9
彗星核: 彗星の本体をなす小天体。岩石、塵、凍ったガスなどからできている。彗星が太陽に近づくと、太陽からの熱で一時的な大気(コマ)に覆われ、太陽からの放射圧や太陽風によって「尾」を吹き出す。
*10
ロゼッタ: 2014年に世界初の彗星着陸を果たしたヨーロッパ宇宙機関(ESA)の探査機。
*11
チュリモフ・ゲラシメンコ彗星: 1969年発見。ロゼッタが周回軌道に到達後、着陸機「フィラエ」により世界初の彗星着陸が行われた。

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