No.009 特集:日本の宇宙開発
Cross Talk

イオンエンジンという技術が社会にもたらした影響

國中 ── ある映像なりデータなりがあると、そこをきっかけにみんなが想像力をたくましくして、ストーリーやシナリオを考え始めます。そこが宇宙探査の面白いところです。

私はイオンエンジンを作っていたので、とにかく探査機を作って、打ち上げて、小惑星まで行って、サンプルを持って帰って来られればOKだと思っているわけですが、いったん「はやぶさ」のカプセルが帰ってきたら、考えてもいなかった変化がいっぺんに起こりました。

中に粒子が入っていて、それを調べたいという研究者がたくさん集まってくるし、その解析情報がどうなっているかを確かめようと取材も殺到しました。それから、はやぶさの映画も作らせてくれないか、というのもありましたよ。

これまで思っていた宇宙開発や技術開発の範疇をはるかに超えた現象が、技術革新・イノベーションによっていっぱい誘導されたわけですね。イオンエンジンが持っている社会的なポテンシャル・実力が、こんなに大きかったんだと初めて認識しました。

 

牧野 ── 僕はイオンエンジンという技術自体に驚きましたね。今までのロケットというのは、言ってみれば宇宙空間に漂っているだけじゃないですか。ボンって点火した後に漂って、またボンと軌道を変えるだけで。でも、初めて動力航行をした。もちろん推力的にはあまり大きくないでしょうが、連続して速度ベクトルを上げて、ずっと姿勢を保ちながら飛ぶというのは、子どもの頃にイメージした宇宙船そのものでした。「宇宙戦艦ヤマト」はずっとエンジンをふかしながら飛んでいますから。

國中 ── 小さい推力と言っても、秒速2kmを出したんですよ。

牧野 ── やっぱり時間の掛け算というのはものすごいですね。ああいう電気推進系もそうだし、ソーラーセイルみたいな光圧で動く技術なども、この先どんどん応用が広がるだろうから、僕らも使いたいと思っているんです。宇宙船を軽くできれば、光の圧力みたいなものでさえも利用できますから。メンブレン(膜)のような宇宙船が作れないかなという妄想が広がっています。

形も変えられる膜の上に全部の機能を実装してしまい、ある程度アクチュエーションする方法を見つければアンテナにもなるし、姿勢変更もやろうと思えばできる宇宙船を将来は飛ばしたいと思っています。すると、うちみたいな小さなロケットでも、小惑星ミッションができると思っているんですよ。

國中 ── インフレータブル型*12などもあり得ますね。

牧野 ── インフレータブルなのか、それともスピンで広がるとか、いろいろあると思います。飛んでいったメンブレン型の宇宙船が、小惑星1個を丸ごと包んでしまう。外側を黒色にしておけば太陽光で暖まり、揮発性物質が出てくるかもしれない。うちのロケットも、何世代か重ねて性能が上がったり大型化したりすれば、小惑星帯まで送れるのではないかと思っています。

僕らのやりたいのは、本当はそこなんです。「やってみなきゃ分からない」と信じながら進んでいます。今の宇宙船とは形が全く違うので、そのために開発しなければいけない技術要素は山のようにあります。もしくは、どこからか持って来なければいけないのですが、民間の稼いだお金の範囲で実現できるのではないかと考えているんです。

木星まで自前で到達できる技術をまず手にする

國中 ── 私たちは長らく研究開発して、宇宙開発をやってきました。目指すところは、やはり超遠距離飛行をどう実現させるかなんですね。私の先生の先生ぐらいの時代は、飛行機の技術でした。「航研機*13」という長距離無着陸飛行を実現した飛行機です。そういうところから糸川先生*14の時代になってロケットをやって、その次に電気ロケット*15を使ったような深宇宙機*16で、より長距離飛行を実現しました。

より遠くに出掛けていくという1つの例が往復探査でした。長距離飛行を実現するための乗り物を作る。それから航海技術を手に入れるということですね。

牧野 ── 僕はせめて木星軌道ぐらいまでは行きたいというシンプルな夢があります。そこにあるものを見たいんですね。見たいし、触りたいし、場合によっては住みたい。そこで何かを作って栽培して食べてみたいし。そういうことをやるとなると、木星軌道までは行かなくてもいいですが、スノーライン*17の先、揮発性物質がまだ若干残っている天体まで行きたいです。

そのためにも、探査機をとにかく4AU(天文単位)*18位のところまで辿り着かせたいです。本当に10kgのものでもいいから送り込むというのが、僕らのLEO(低軌道)ビジネスの次の目標です。その間には何もなくて、月や火星は他の国や企業にお任せします。僕らは違うところへ、もっと遠くを見たい。誰も見たことがない天体が見たいんですね。もしかすると、行ってみたらそこに人の活動圏を広げるとか新しく作ることができるかもしれない。まず行ってみなきゃ分からないので行きたいし、知らないので知りたいです。

國中 ── 観測するという目的だけでなく、超遠距離飛行を実現させる意味でも、木星は当面のターゲットになるはずです。土星に行こうと思ったら、木星に必ず立ち寄らないといけません。太陽系中の遠距離飛行を実現させるには、木星を使った重力スイングバイ*19をやらなくてはいけないですから。

NASAのボイジャー*20も、カッシーニ*21も、ニュー・ホライズンズ*22も、木星スイングバイを使いました。木星にひとたび辿り着ければ、木星の重力を使ってその先が開けるんですね。とにかく日本の実力で、自前の技術で、木星まで到達できる能力を手に入れることが大事です。いったん木星まで到達できさえすれば、その先が一気に広がる。

牧野 ── 先ほどの話にも出たソーラーセイルのような技術とか、電気推進のような長く推力を出せる技術であれば、現実的な時間で、例えば4年ないし5年という時間で辿り着けるでしょうから、本当に僕は行きたいですね。それが生身の人間である必要があるのかどうかは分からないです。

最近はシンギュラリティ(技術的特異点)*23という概念があって、ある時点で大きな技術革新が起きて、世界のさまざま常識が変わるのではないかという議論があります。例えば人間の意識をどこかに移せるといったことが起これば、別にそれでもかまわないし。そうでなければ、生身の人間を力業で送り込んでも構わないですから。

[ 脚注 ]

*12
インフレータブル型: 空気やガスを内部に注入して膨らませる構造。例えばゴムボートなど。
*13
航研機: 「航空研究所試作長距離機」の略称。東京帝国大学航空研究所が設計、1937年初飛行。1938年に当時の長距離飛行記録を作った。
*14
糸川英夫(1912-1999年): 航空工学者、宇宙工学者。ペンシルロケットの開発者として知られる。著書『逆転の発想』はベストセラーになり、流行語となった。
*15
電気ロケット: 固体燃料や液体燃料の燃焼で推力を得る化学ロケットと異なり、推進材を電気的に加速して噴射することで推力を得るロケット。推力は小さいが長期間にわたり作動させられるのが特徴。
*16
深宇宙機: 人工衛星と異なり、地球以外の天体に向かう宇宙機の総称。
*17
スノーライン: 水、アンモニア、メタンなどの水素化合物が凝集し固体となる、太陽から約2.7AUの距離。小惑星帯の辺りを指す。
*18
AU(天文単位): 地球と太陽の平均距離を1単位とする長さの単位。およそ1億5,000万km。
*19
重力スイングバイ: 惑星の重力を利用して探査機の軌道を変更、加速させる方法。
*20
ボイジャー: NASAによる太陽系の外惑星及び太陽系外の探査計画。1977年に1号と2号が打ち上げ。木星、土星、天王星、海王星を連続して探査。鮮明な画像撮影に成功した。現在も航行中で2012年8月にボイジャー1号は太陽系外へ到達。「ゴールデンレコード」と呼ばれる地球外知的生命体へのメッセージが積まれている。
*21
カッシーニ: NASAとESAによって開発された土星探査機。1997年打ち上げ、2004年土星到着。切り離された惑星探査機「ホイヘンス・プローブ」が土星の第6衛星「タイタン」に着陸した。
*22
ニュー・ホライズンズ: NASAの冥王星探査機。2006年打ち上げ、2015年7月冥王星に最接近した。
*23
シンギュラリティ(技術的特異点): 人工知能の高度な発達により、科学技術の進歩させるのが人類ではなくなるという将来の時点。数学者ヴァーナー・ヴィンジと、発明者・フューチャリスト(未来学者)のレイ・カーツワイルにより提示された概念。

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