No.009 特集:日本の宇宙開発
Scientist Interview

ソーラーセイル技術を実証する
「ライトセイル」計画

2015.11.20

ブルース ベッツ (惑星協会 Director of Sience and Technology)

ソーラーセイル(太陽帆)とは、超薄膜の帆を広げ太陽光の光子を推進力にして進む宇宙機(スペースクラフト)のことをいう。このソーラーセイルは、省エネルギーかつ持続的な運用が期待され、近未来の宇宙探索計画において重要な役割を担うと予測されている。光子を動力とする研究は1800年代から行われていたが、それを宇宙探索に利用するための実験が行われるようになったのは、近年になってからのことだ。この分野では、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)、NASA、そして1980年にカール・セーガンらによって創設されたアメリカの惑星協会*1などの活動が注目されている。惑星協会(※1)は、すでに数回にわたり「ライトセイル」という名称のソーラーセイル実験機を打ち上げ、現在次の打ち上げを準備中だ。同協会の科学技術担当ディレクターのブルース・ベッツ氏に、今後の展望を聞いた。

(インタビュー・文/瀧口 範子 写真/Tetsu Hashimoto (PYXIS))

太陽光の光子を推進力に

[画像1] ライトセイルAの飛行イメージ
[画像2] ソーラーセイルのしくみ。太陽の光子から推進の動力を得る。

──惑星協会は2015年6月、ソーラーセイル実験機「ライトセイル-A(LightSail A)」の打ち上げを行い、来年の2号機「ライトセイル-B」に向けて準備を進めています。そもそもなぜ、ソーラーセイル技術の開発に着手されたのでしょうか。

惑星協会の目的は、宇宙技術において革新的な技術を開発し、われわれにしかできないという方法で宇宙開発に貢献することです。そうした中、ソーラーセイル技術は一般の人々と宇宙探索への関心を共有する対象として最適なものと位置づけています。

──ソーラーセイル技術とは、太陽から発せられる光子を利用して宇宙機の推進力を得るというものですが、太陽光にそんな力があることはあまり知られていません。

ライトセイルは、よく光子ではなく太陽風を利用するものと勘違いされます。しかし、実は光子による太陽圧の推進力は太陽風より約10倍も大きいのです。光が帆を推しているとは奇妙なことのように見えるでしょう。その推進力はちょうど手の平に載ったハエ程度のもので、普通ではほとんど感じられません。これが意味を持つのは、真空状態で大きな帆表面がある場合、空気流や抗力に邪魔されない宇宙環境でのことです。それでもある一定の高度に到達する必要があります。要は地球上では使えない技術なのですが、宇宙環境で利用すれば、コンスタントに加速するという点、そして燃料が不要となるという点で大きな意味があるのです。ライトセイルでも、ソーラーパネルから得たエネルギーを蓄電し、それをモーターやコンピュータを作動させるために利用していますが、推進力という点では太陽圧しか用いていません。

各国の団体が取り組むソーラーセイル研究

──ソーラーセイルの歴史は、かなり前にさかのぼりますね。

惑星協会創設者のひとりであるルイ・フリードマンが、NASAのジェット推進研究所(JPL)に在籍していた1970年代にソーラーセイルのコンセプトを打ち立てています。フリードマンは個人的にこの技術に関心を持ち、われわれの開発においても指針を示してきました。

──惑星協会以外にもソーラーセイルの技術に注目している団体がありますね。

ソーラーセイル実験機は、いろいろな場所で開発されています。最初に運用を成功させたのは、2010年に打ち上げられた日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)による「イカロス(IKAROS)」です。惑星協会では、2005年にサイズとしてはイカロスと同等の「コスモス1(Cosmos 1)」という最初の実験機を計画していましたが、搭載していたロシアのロケットの打ち上げ失敗によって実現しませんでした。それと前後してNASAが「ナノセイル-D(NanoSail-D)」を開発しており、われわれもそこから多くを学び、似た形状のソーラーセイル実験機を作りました。ただし、外見は似ているものの、中味はかなり違います。NASAのナノセイル-Dは、打ち上げテストを行うことが目的で、通信機能や姿勢制御機能はなく、帆も小型でドラッグ・セイル(惑星大気から受ける抗力に従って航行)するものとして設計されていました。

──大気圏外に留まるようには考えられていなかったということですね。

そうです。ナノセイル-Dにはソーラーセイル実験の要素も含まれていましたが、最終的には大気圏に突入して燃えてなくなる。実は、宇宙ゴミ問題に対する解決策を提示する目的も担っていたのです。

[画像3] JAXAが開発したイカロス。上記の画像は、イカロスに搭載された分離型カメラで実際に撮影された画像
[画像4] ソーラーセイル最初の実験期「コスモス1」
[画像5] NASAが開発したナノセイルD

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