No.009 特集:日本の宇宙開発
Scientist Interview
[画像9] 惑星協会の研究者たち

──一定の軌道に留まることが必要なミッションですね。

そうです。たとえば、太陽観察を行うために地球と太陽間を行き来するようなミッションがあります。現在、地球から150万キロの地点で、天体間の重力や遠心力が平衡状態にあるL1(ラグランジュ点)*4と呼ばれるバランス・ポイントの周りを航行する宇宙機があります。それでも軌道は一定しないため、推進力を利用する必要があります。ところが、ソーラーセイル技術を用いれば、燃料切れになることもなく、帆に受ける光子の推進力を調整し、速度、加速度などを刻々と変え、太陽にもっと近づくこともできる。そうすると、地球へ向かう太陽風や太陽嵐を検知したりすることも可能になります。また、北極や南極の上空に留まるための軌道もありますが、これは一定した推進力を持つ宇宙機でなければ使えません。さらに、火星探索機や惑星間航行のミッションにピギーバッグして、その後少しずつ調整して小惑星へ向かうということもできるでしょう。まだ概念的なものに過ぎませんが、1台の大型宇宙機を送る代わりに、小型宇宙機をスワーム(群)のように10〜20台同時運用する可能性も考えられます。そうすれば、気象観測や太陽観測をさまざまなポイントから行える。キューブサットを利用するわれわれのような組織や世界中の大学には、大きな可能性が開かれています。

──ソーラーセイルの開発は、JAXAやNASAなどの各チームが激しく競争をしている状態ですか。

競争する一方で、情報交換もさかんに行っています。情報交換はフォーマルなかたちではありませんが、学会などで顔を合わせます。コスモス1とライトセイルの開発の時には、JAXAでイカロスを開発しているチームともミーティングをしました。また、今でも、ナノセイル-Dを開発し次の実験を計画中の、NASAマーシャル宇宙飛行センターのチームとやりとりをしています。NASAのジェット推進研究所(JPL)とは惑星間探索に関する研究会を行っています。最初に大成功を収めるソーラーセイルを出したいことは確かですが、非常にコラボラティブでオープンなコミュニティーとして活動しています。

──ソーラーセイル技術は、将来的にはもっと大きな重量を運べるようになるのでしょうか。たとえば、人を載せることも可能になりますか。

ソーラーセイル宇宙機の加速度は、帆の表面積を重量で割ったものに比例します。したがって、加速度を増すには、帆をもっと大きくするか重量を減らすか、あるいはその両方を行う必要がある。しかし、人を載せるとなると、大型の宇宙機に住空間や生命維持装置などを積み込むことが求められます。したがって、われわれが予測できる未来においては、帆を大きくし宇宙機を小さくしてどこまで加速度を増やせるのかに注力することになるでしょう。われわれが長期的目的として語るのは、惑星間航行です。今日、惑星間航行にふさわしいとされる技術は、ソーラーセイル以外にありませんから。太陽光だけではなく、地球上のレーザーやラジオ波に相当するものを利用したり、別の宇宙機に推してもらったりという方法もある。火星よりも内側の内部太陽系に入れば、加速度をもっと上げることもできる。ただし、これは何10年、何100年先のビジョンです。

[ 脚注 ]

*1
惑星協会(The Planetary Society):1980年にカール・セーガン、ブルース・マレイ、ルイ・フリードマンによって創設された宇宙探索を目的とするNPO。本拠はカリフォルニア州パサデナ。地球外生命の探査も行っている。世界中に会員を擁し、宇宙探索の民間組織としては最大の規模を持つ。
*2
キューブサット:10センチ角のキューブを組み合わせて構成する小型人工衛星。小型、軽量で、他のミッションに相乗りするピギーバック衛星として打ち上げられる。
*3
イラーナ(eLaNa):NASAが主導する高校や大学生を対象にした教育目的のナノサテライト・ミッション。キューブサットを利用し、NASAの宇宙機に搭載するために、厳格なスタンダードに従って開発される。
*4
ラグランジュ点:主従二天体の公転系で、さらに小さな天体が両天体との相対位置を変えずに、公転系に加わることができる位置。
 

Profile

Bruce Betts(ブルース・ベッツ)

惑星協会科学およびテクノロジー担当ディレクター。スタンフォード大学で応用物理学修士号、カリフォルニア工科大学で惑星科学の博士号を取得した。サン・ホアン研究所/惑星科学研究所で数年在籍し、上級研究科学者として火星、月などの惑星表面の研究を行った。また、その後NASAでも宇宙機の科学機器設計のための惑星機器開発プログラムを率いた経験を持つ。惑星協会では、火星探索ローバー、フェニックス探査機に搭載した機器などのプロジェクトを担当し、またライトセイル・ミッションでは画像担当のチーム・リーダーも務めている。一般の人々に惑星協会の活動を広めるアウトリーチでも活躍中。

Writer

瀧口 範子(たきぐち のりこ)

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。雑誌社で編集者を務めた後、フリーランスに。1996-98年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピューター・サイエンス学科にて客員研究員。現在はシリコンバレーに在住し、テクノロジー、ビジネス、文化一般に関する記事を新聞や雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(TOTO出版)、訳書に 『ソフトウェアの達人たち(Bringing Design to Software)』(アジソンウェスレイ・ジャパン刊)、『エンジニアの心象風景:ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会 共訳)などがある。

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