No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
Scientist Interview

人材が流動できる環境を整備し、Win-Winの関係を築く

──TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への危機感も強いですね。

この問題については、現在の日本産業を取り巻く国際環境の変化について考える必要があります。1990年代まで、世界市場というのは実質的に、米国、ヨーロッパ、日本の取引でした。2000年以降は、これまでの世界市場に、中国やASEAN、インドといった新興国の市場が追加されました。簡単に言うと、世界市場は、90年代以前と比べて2倍になっているのです。

こういう状況においては、日本発の標準を作り、他の国の企業とWin-Winの関係を築くことに注力すべきです。他の国(特に新興国)とオープンにつながることを前提にしないイノベーションは、現在では非常に困難になっています。

こういう考え方は、とくにIT/エレクトロニクス産業で顕著ですが、特定の産業に限定される話ではありません。ある産業でのビジネスモデルが、別分野ではすばらしい効果を上げることもあります。例えば、コンピューター分野でのビジネスモデルを、スマートシティなどエネルギー分野に持っていってみる。新興国では服の生産量が急激に増えていますが、こういう分野でも応用できる可能性があります。日本の優れた物流ノウハウを海外で活かすなら、物流のタグを世界標準にして、タグの製造を中国企業に任せる。そしてタグの製造装置や検査装置で利益を上げる仕組みにするといった戦略も考えられるでしょう。

先ほども説明したように、ビジネスモデルというのは、極めて人為的というか、人工的なものです。戦略的と言い換えてもいい。固定的に考えたり、既成概念にとらわれたりするのがもっともいけないことです。こういうときに他産業の例がとても役に立ちます。さまざまなシナリオやビジネスモデルを常に考える必要があります。ビジネスモデルを考え、実行できる人材や組織の必要性が今後さらに重要になると思います。

──今後のビジネスにおける競争力を高めるために、日本の企業や政府はどうすべきだとお考えですか。

法人税を下げるといった施策のほか、人材がうまく流動する環境を作ることでしょう。

パソコン部品メーカーを研究していた時に、印象的なエピソードがありました。日本企業に勤めていた日本人が、台湾の部品メーカーに転職し、企業内改革を行うことになったのです。組織構造というのは歴史的な経緯がありますから簡単に変えられるものではありませんが、取引先については劇的な改善を行いました。その方は、元々つながりがあった日本の優れた中小企業を台湾企業に紹介することで、製品の品質や納期を圧倒的に向上させました。台湾の中だけで閉じていた取引を日本にも広げ、Win-Winの関係を築いたのです。

サプライチェーンの組換えは、技術的なイノベーションよりも圧倒的なスピードで変化を起こします。その背後にあるのは、人の移動なのですね。

日本国内についても、大企業が蓄積しているノウハウを中小企業に持っていくだけで、生産性の向上につながることは多々あります。取引先をちょっと変えたり、工場内のルールを変えたりするだけで、ずっと赤字だった会社が黒字になった例も見てきました。同じ業種、規模の企業間ではなく、異なるクラス間(例えば大企業から中小企業へ)で人材が移動すると、ものすごい生産性向上につながるのは間違いないようです。

国プロなどでは工業団地を作ることが多いのですが、似たような企業を集めて工業団地を作ったとしても、ライバル企業同士ではほとんど人の行き来が生じないため、生産性向上にはつながっていません。

──まったく業種の異なる企業をランダムに集めて、サロンを作ったりする方が効果的なのでしょうか。

ごく初期のフェーズではそうかもしれません。ただし、プロジェクトがどのフェーズにあるのかによっても、いくつかのパターンがあると思います。例えば、技術開発からマーケットに出る一歩手前といったフェーズのプロジェクトでは、設立したばかりの企業をたくさん集めるのがよかったりするかもしれませんし、半導体のような巨大プロジェクトだとまったく異なる仕組みが必要になる可能性があります。

あとは、特区を効果的に使っていくべきでしょう。台湾西北部にある新竹市のサイエンスパークはとてもよい例で、ハイテク関連企業が集まり、周辺には研究機関も数多く存在しています。このパークに入ると、多くの場合、新規投資に対する法人税が5年間無税でした(この制度(産業高度化促進条例)は2009年で施行期間満了。かわりに全法人を対象に法人税率引き下げ(17%へ)を現在行っている)。台湾の法人税は25%(当時)ですから、この違いは大きいですね。ちなみに日本の法人税率は約40%です。

このような制度は、単純に投資コストを低く抑えられるというだけでなく、企業に事業意欲をかき立てるという意味で、キャッチアップに大きく貢献したと思います。日本では、地域単位の産業クラスターや工業団地はあまり成功したとはいえないので、今成功している国が何をしているのかをもっとよく見るべきです。

新竹市は「アジアのシリコンバレー」と呼ばれるようになっており、半導体のデザインだけを行う企業もたくさんあります。こういう企業にとって、パートナーは日本の企業だけではありません。台湾の半導体デザイン企業が米国西海岸やヨーロッパの企業と組んで、中国向けマイコンを開発するようなこともありえます。日本のルネサスエレクトロニクスは車載用マイコンで大きなシェアを持っていますが、海外企業と今後どうパートナーシップを結ぶかが大きな課題になってくるでしょう。そのときに、台湾の存在は大きなものとなると思います。

海外企業は放っておくと競争相手になりますが、うまく戦略を練ることですばらしいパートナーにもなりえます。特に、アジアの新興国において、文化的で快適な生活を一般の人が送るようになるのはまだこれからです。日本は、アジア諸国の中では、一番はじめに先進国の仲間入りをしました。アジア的な生活文化を保ちながら、先進国の生活水準を実現しました。

今後、アジア新興国の消費者は、先進国水準の生活を実現することが目標となっていきます。そのときに、「先進国にもいろいろあるけれども、アメリカ風がいいの?欧州風がいいの?それとも、日本風がいいの?」という問いが出てくるでしょう。新興国の消費者に対して、数ある選択肢の中から「日本風の生活も悪くないよ」という風に提案することが、外資系企業としての日本企業の役割ではないでしょうか。

「快適な消費者文化をアジアの国々に築く」という気持ちで、Win-Winの関係を築いていけば、シェアが一番でなくとも尊敬される企業になるでしょう。日本企業が新興国の消費者に外資系企業として認められる上で重要なのは、シェアの大きさではなく、新しい消費文化を持ってきてくれるかどうかです。アジア諸国は、先進国風の消費文化という意味ではまだ白地で、どういう色を塗るかはこれから決まっていきます。そういうときに、日本風の消費文化を選んでもらうには、自分の立場だけでなく、相手の立場をきちんと理解する必要があるでしょう。

これからの日本には、グローバルな視野を持って、ビジネスのエコシステムを作れる人材が求められます。私が勤めている筑波大学大学院では、25年前、社会人が会社に勤めながら通える社会人大学院を作り、経営学や情報テクノロジーの少人数教育を行っています。これまでの業務とは異なる分野について学べる、こうした教育機関の重要性は今後ますます高まっていくはずです。というわけで、そういう意欲のある社会人学生の方を心待ちにしております(笑)。

Profile

立本 博文(たつもと ひろふみ)

2004年、東京大学経済学部COEものづくり経営研究センター助手。2009年、兵庫県立大学経営学部准教授。2010年MIT Sloan School of Management 客員研究員(2011年まで)。2012年より筑波大学ビジネスサイエンス系准教授。

Writer

山路 達也(やまじ たつや)

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーのライター/エディターとして独立。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『インクジェット時代がきた』(共著)、『日本発!世界を変えるエコ技術』、『弾言』(共著)など。
Twitterアカウントは、@Tats_y

Copyright©2011- Tokyo Electron Limited, All Rights Reserved.