No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
Scientist Interview

医療機器開発の難しさ

──治験が難しいということはあるのでしょうか?

厚生省の認可などの制度にも問題はあるかもしれませんし、日本企業のリスクマネジメントの問題もあるかもしれません。認可がとれたとしても、事故が起きた時のリスクが怖くて手が出せないということはあるでしょう。

先に紹介したクラレの「カテーテルpH, CO₂センサー」は1971年から研究を始めて、実用化されるまでに9年間かかりました。筋肉組織や食道・胃、口腔など、さまざまな部位用の製品が販売されたのですが、血管用のものはあまり使われませんでした。

一般的に、人間の体は、肺で取り入れた酸素が血流で体中に送られ、二酸化炭素が肺に戻されるというサイクルになっており、これをきちんと測るのが患者の状態を知るためによいとされています。このセンサー装置は、患者から血液を採取して行う普通の血液検査と異なり、血管の中にセンサーを入れたまま検査ができるため、このサイクルを測定できる特徴をもっていました。しかし、血管内でセンサーを調整し、正しく動作しているかを確かめることが難しいことから、病院側は血管内部で事故が起こるリスクを懸念し、安全の面から通常の採血での検査を選んだのです。我々も、何とかこうした問題を解決できないとかと、点滴針の根本に用いるセンサー付きの血液分析装置も作ったのですが、結局、使われませんでした。医療においては、ミスがないことや採算が合うことが重要視されるのです。

糖尿病についても同じことが言えます。糖尿病患者は自分で採血し、測定した血糖値に対応したインシュリン(ホルモンの一種で血糖値を低下させる働きがある)を注射する必要があります。自動で注射する機械があればその方が確実ですが、万が一インシュリンを打ち過ぎてしまったら命に関わります。患者が自分で注射する分には患者の自己責任ですから、こちらの方は事故が多いとしても、注射の自動機械を作ろうということにはならないでしょう。医療関係のデバイスは、トラブルが起きない方向で発展していかざるをえないのです。

そういう意味で、現在うちの研究室にいる石川智弘氏が、かつて日本企業に在籍していた際に米国のカリフォルニア大学バークレー校に行って開発した「ワイヤレス免疫センサー」は、今後大いに可能性があると思います。このデバイスは、集積回路チップの上に磁気センサーが並んでおり、各磁気センサーの上には抗体(侵入した細菌などの異物(抗原)から体を守るために免疫系が作り出すタンパク質)が固定してあります。集積回路チップを血液に入れると、血液中に含まれる抗原がセンサー上の抗体と結合し、そこに、抗体の付いた磁気ビーズをばらまくと、それらが(センサー上の抗体に結合している)特定の抗原とくっつく仕組みになっています。あとは、磁気センサーで、どの抗原が付着したのかを検出できるというわけです。電力は外部からワイヤレスで供給し、読み出された測定データは病院に伝送されます。その結果、必要であれば病院で再検査を行うので、早期診断に役立ちます。また、集積回路チップは使い捨てですが、大量に使われれば採算も合うと思います。

ワイヤレス免疫センサーの写真
[写真] ワイヤレス免疫センサー。チップの磁気センサーの上に抗体が固定されてあり、血液中の抗原と反応する。

──例えばヨーロッパの研究開発は、日本と比較していかがでしょう?

医療に限ったことではありませんが、ヨーロッパでは大学と国立研究所が共同で研究を進めています。ドイツにはフラウンホーファー研究機構(ドイツ全土に56の研究所を持つ研究機関)がありますし、フィンランドや最近はフランスでもこうした動きが進んでいます。

日本の場合、大学は文部科学省の管轄ですし、産業技術総合研究所は経済産業省の管轄と、縦割りになっています。立派な設備がある研究所には、それを使う人が少ないというミスマッチも起こっているわけです。それだと細切れの仕事しかできません。

新しい分野の研究を世に放つには、モノを作ってみて実用化を進める必要がありますが、そういう部分がちぐはぐになっています。もっとも日本に限らず、韓国も台湾も、シンガポールを除くアジア諸国は、ほかが作った技術をキャッチアップしようとして発展してきており同じ傾向があります。ヨーロッパはそのあたりの仕組みがよくできており、向こうの研究者は長いバカンスをとって生活をエンジョイしている割には競争力がありますね。

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