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人に優しい医療を実現するMEMSデバイス
ナノテクノロジーが実現する医療器具の革命
2012.10.12
半導体分野では「MEMS」(Micro Electro Mechanical Systems:メムス)というキーワードがよく聞かれるようになった。MEMSとは、電子回路や各種センサー、機械部品などを1つの基板の上に集積したデバイスを指す。すでにMEMS技術は、プリンターヘッド、プロジェクターなどに使われるようになっており、今後市場規模は拡大すると期待されている。その有望分野の1つが、医療だ。日本で早くからMEMS研究に取り組んできた、東北大学・江刺正喜教授に、医療におけるナノテクノロジーの可能性をうかがった。
体の中で小さなセンサーが使われるようになってきた
──江刺教授はMEMSを幅広い分野で研究されていますが、中でも医療系にはどのようなきっかけで取り組まれるようになったのでしょうか?
1970年に私が入った東北大学の研究室でテーマにしていたのは、メディカルエレクトロニクスでした。私の先生は真空管で脳波計や心電計を作ったりして、医学部の先生のお手伝いをしていました。1965年に日立製作所の大野稔さんが日本で初めてMOSトランジスタ(現在の半導体製品で最も一般的に使われているトランジスタ。比較的小さい消費電力で動作し、高密度に集積できるのが特徴)の開発に成功したのですが、大学院に進んだ私は日立製作所で製作されたMOSトランジスタを使って半導体イオンセンサーを作りました。トランジスタの寸法は約数百マイクロメートル。その一部の50マイクロメートルほどの部分だけを残し、熱で融けるワックスで絶縁し、電解液に触れるようにして電解液中の電位やイオン濃度を測るわけです。当時は、爪楊枝を使ってトランジスタにワックスを塗っていたのですが、すごく器用だと皆に褒められましたよ。当時流行っていた007の映画にちなんで、「ゴールドフィンガー」と呼ばれたりしましたね(笑)。のちには、センサー部分を櫛の歯のような形状にして、カテーテル(血管や尿管などに挿入する細い管)などの先に取り付けられるようにしました。これは、クラレから「カテーテルpH, CO₂センサー」として1980年に製品化されています。
70年頃までは、真空管からトランジスタ、トランジスタから集積回路へと移行していく最中にあり、日本ではたくさんのメーカーが電卓を作るようになりました。それまで技術者はトランジスタなどを組み立てて電子回路を一から作っていたわけですが、集積回路の登場でチップの上に回路が組み立てられた状態から作られるように変わっていった時代でもあります。
──MEMSという言葉が登場してくるのが1987年頃ですが、このあたりで大きなブレークスルーがあったのでしょうか?
技術としては70年代からずっと続いているものです。1980年代初めには、排ガス規制をクリアするため、自動車エンジンの制御に圧力センサーが必須になってきました。不完全燃焼を起こさないために、空気の密度(気圧)をセンサーで測り、それに応じた量の燃料をエンジンに入れる技術が市場に投入されるようになったのです。
1987年にMEMSという言葉が脚光を浴びるようになったのは、東京で開催されたトランスデューサーという国際会議がきっかけです。この会議ではAT&Tベル研究所によってマイクロ歯車が発表され、翌年には実際に回るモーターが発表されました。
1990年代になると、自動車にエアバッグが搭載されるようになり、衝突検出にMEMSを用いた加速度センサーが使われます。今では、加速度センサーはiPhoneなどスマートフォンのユーザーインターフェースにつかわれ、また多数配列したMEMSが、プリンターのヘッドやビデオプロジェクターに使われるようになりました。
自動車が先導し、完成した技術がITで使われるようになって普及したという感じですね。
──医療系へのMEMSの応用は、他の分野とどう違いますか?
低侵襲医療と言われますが、医療においては患者の体にできるだけ傷を付けないようにすることが重要です。また感染を防ぐため使い捨てになりますから、コストが低くないといけません。
最近では、低消費電力化と高処理能力化が進み、面白い応用が次々に登場しています。例えば、ミシガン大学の開発した眼圧計。眼圧が上がりすぎると、緑内障を発症して失明に至ることがありますが、この眼圧計はそれを防ぐためのものです。1ミリメートルほどのデバイス内には砂粒ほどの太陽電池も入っており、まぶたの内側に入れて眼圧を計測します。これほど小型ながら、0.4ボルト・90ナノワットで駆動するマイクロプロセッサが使われており、外部から呼び出すと3日分の眼圧データを取得することができます。
ほかにも、体に埋め込むセンサーの研究が世界的に進んでいます。脳内に電極を1000個くらい埋め込み、それぞれの電極が脳のパルスを拾うわけです。取得したパルスは処理されてデータのパケットとして脳内から無線伝送され、どの電極からいつパルスが出たかがわかります。
20年ほど前に私たちの研究室では、触覚センサーネットワークの開発を進めていましたが、当時の技術では処理能力が足らず、役に立つものにはなりませんでした。今、トヨタ自動車といっしょに進めている触覚センサーネットワークシステムは、思い切り複雑にする、つまり体内にインターネットを張るようなイメージです。中枢のプロセッサがいちいちセンサーをチェックするのではなく、接触を感知したセンサーが信号を発すると、脳にあたるコンピューターに信号が送られます。介護ロボットが人間とぶつかって怪我をさせないよう、ロボットに触覚を持たせることを想定しています。
また、医療機器としては「能動カテーテル」などの開発を行っています。