医療はどこまでパーソナライズされるのか?
ゲノム解析から、薬の「印刷」まで
- 2012.10.12
1000ドル以下で個人の全遺伝子配列、すなわちゲノムの解析が行えるDNAシーケンサー(DNA塩基配列の自動読み取り装置)が登場してきた。これによって、個人の体質や病状に合わせたきめ細かな「オーダーメイド医療」が盛んになると期待されている。さらに、3Dプリンターで人工骨を作ったり、薬を調合する研究も進む。医療がよりパーソナルになっていくことで、どのような変化が起こるのだろうか。
次世代DNAシーケンサーが可能にした、ゲノム解析の「価格革命」
個人個人の特性に合わせて最適の医療を行う「オーダーメイド医療」は、ここ十年来注目を集めているキーワードである。
オーダーメイド医療の中でも中心になっているのが、各人の持つ遺伝子を元に病気の原因や治療法を探る研究だ。今では遺伝病の原因となっている遺伝子を特定したり、薬を投与する前に効果や副作用を調べることもできるようになりつつある。例えば、ガン治療では長期にわたって特定の薬を飲み続ける必要があるが、事前に効果や副作用を調べることができれば、効かない薬を飲み続けてしまうといった失敗を減らせるのだ。
オーダーメイド医療が盛り上がったのは、ヒトゲノム計画によるところが大きい。ゲノムとはヒトの全遺伝子配列のことで、高精度にゲノムが解析できれば医療や生物学で大きな進歩が起こると期待された。1990年に米国のエネルギー省・厚生省によって開始されたこのプロジェクトは、国際的な協力を得たことで予定より2年早い、2003年に完了した。
ヒトゲノム計画で得られた成果は、各国の研究機関で活かされている。日本では文部科学省が「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」を推進し、先述したように病気の原因を探るための研究が行われているし、他国でも同様の研究が進んでいる。
最近、オーダーメイド医療の分野で一番の話題になっているのは、何といっても1000ドルDNAシーケンサーだろう。日本ではヒトゲノム計画はひとまず完了したと考え、個々の遺伝子研究にシフトしていったのに対し、米国ではヒトゲノム計画が完了する前に、ゲノムを解析するための装置(DNAシーケンサー)の技術開発を長期的に行おうという声が上がったのである。米国の国立衛生研究所(NIH)は、この動きをサポートし、2004年から1000ドルゲノムプロジェクトとして推進した。もっとも2003年時点では、1人のゲノムを解析するための費用は約4000万ドルと言われており、1人当たり1000ドルで解析するのは不可能と考える人も少なくなかった。
現在ゲノム解析は、急激に低コスト化して5000〜1万ドルにまで下がったものの、まだ数週間以上の期間を必要とする。しかし、1000ドルDNAシーケンサーはもうそこまで来ているのだ。この分野での世界的な大手企業、Life Technologies社は、2012年1月に「Ion Protonシーケンサー」を発表し、2012年中の発売を目指して先行受注を開始した。Ion Protonシーケンサーの本体価格は14万9000ドル、システム全体では24万4000ドル。1人当たりの解析コストは1000ドルで、解析は24時間以内に行えるという。
1000ドルDNAシーケンサーは、激烈な競争の中にある。民間による有人弾道宇宙飛行コンテストで知られるX PRIZE財団は、「Archon Genomics X PRIZE」というコンテストも主催している。これは、1000ドル以下でゲノムを解析し、解読速度や精度を競うというもので、優勝チームには1000万ドルの賞金が与えられる。ちなみに、先述のLife Technologiesもこのコンテストに参加している。