No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来 ”メディカル・ヘルスケア”
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心臓の動きにシンクロする「心拍補償ロボットシステム」

手術ロボットや医療用ナビゲーションシステムは、すでに実用化されている技術であるが、さらに先進的な技術として「心拍補償ロボットシステム」が挙げられる。このロボットシステムは、2009年3月に、早稲田大学理工学術院・藤江正克研究室と岐阜大学大学院医学系研究科・竹村博文教授らの研究グループによって開発され、人工心肺装置を使わず、心臓を動かしたまま行う冠動脈バイパス手術への使用を目的としている。一般的に、人工心肺装置を使わず、心臓を動かしたまま行う「オフポンプ」手術は、患者のダメージが少なく心筋保護や血行再建にも有利だが、難易度が高いとも言われている。このシステムは、心臓の収縮運動に合わせて、メスを持った2本の術具ロボットが自動的に動きをシンクロさせるため、医師は拍動の影響を受けずに手術を行うことができる。つまり、あたかも心臓が止まっているかのような状態を作り出し、医師の技術的負担を減らすのだ。一拍ごとに微妙に異なる心臓の収縮運動をリアルタイムに検出する心拍センサーや、心臓の拍動にシンクロしながら治療を行うスレーブマニピュレータによって、システムは構成されている。

心拍補償ロボットシステムのような、同期機能が搭載されているロボットは現時点では実用化されておらず、非常に画期的な技術といえる。発表時の心拍補償ロボットの追従精度は95%程度だが、臨床現場で使うには98%以上が必要であり、今後は、システムの改良を進めて追従精度を上げ、実用化を目指すという。

「心拍補償ロボットシステム」の写真
[写真] 早稲田大学と岐阜大学によって開発された「心拍補償ロボットシステム」
「心拍補償ロボットシステム」の写真
[写真] 内視鏡は心臓に固定されるため、心臓に対しては相対的に静止することになり、心拍の影響を受けない

手術ロボットや医療用ナビゲーションシステムの進化で病院が変わる

手術ロボットや医療用ナビゲーションシステムといった最新医療技術の進化は、病院そのものを変える可能性がある。現段階の手術用ロボットは、医師が患者と同じ空間にいることを前提に設計されているが、高速ネットワークインフラを利用すれば、遠隔手術を行うことも今後は不可能ではない。AI(人工知能)による診断などと組み合わせれば、経験豊富な医師が不足している僻地でも、質の高い治療が受けられるようになる。また、これまでは、難手術で患者への負担が高いとされてきた症例でも、より安全で低侵襲な治療が可能になるのだ。誰もが健康で長生きできる社会を実現するために鍵となる技術であり、今後のさらなる進化を期待したい。

Writer

石井 英男

1970年生まれ。東京大学大学院工学系研究科材料学専攻修士課程卒業。
ライター歴20年。大学在学中より、PC雑誌のレビュー記事や書籍の執筆を開始し、大学院卒業後専業ライターとなる。得意分野は、ノートPCやモバイル機器、PC自作などのハードウェア系記事だが、広くサイエンス全般に関心がある。主に「週刊アスキー」や「ASCII.jp」、「PC Watch」などで記事を書いており、書籍やムックは共著を中心に十数冊。

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