あえて極端な未来を描くのもデザインの使命
建築の分野に建築模型があるように、プロダクトデザインの分野にも「プロトタイプ」と呼ばれる模型が存在する。これらは「将来、このような技術が登場した際に相応しいデザイン」として生み出されるものだ。
日本でソニーやNECなどのデザイン部門で活動し、現在はロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)で教鞭をとるアンソニー・ダン教授。彼はフィオナ・レイビー氏とのユニット「ダン&レイビー」から、遺伝子解析や万能細胞の応用といったバイオテクノロジーの発達を念頭にしたプロトタイプを数多く発表する。
アートとデザインの領域を横断して活動する彼ら(と教え子たち)の作品は、常に挑発的だ。2010年にフランスのサンテティエンヌ・デザイン・ビエンナーレで披露された「Between Reality and the Impossible(現実と不可能の狭間)」展では、テクノロジー、器具、人体の関係性を考察していた。
遠い未来、食料危機や環境汚染に瀕した人類が生き延びるためのデザイン。例えば下の写真は、生物学の発達で生み出された合成バクテリアが満たされ、人の胃では消化できない樹木や固い葉まで食べられるようになる、架空のプロダクトである。この「人工の胃」は、いわば人体の機能を拡張するデザインだ。
同様のコンセプチャルなデザインは、今年2012年にドイツのカッセルで催された現代美術展「ドクメンタ13」で、日本から招待作家として参加したtakram design engineering(タクラム・デザイン・エンジニアリング)の作品に見られた。プロダクトデザインを手がける彼らが発表したのは、今から1〜2世紀後を舞台にしたSFの設定に沿った"医療器具"だった。
海面上昇と放射能汚染が深刻になった未来、水資源を管理する支配者層が人類の水消費量を抑えるべく開発……。プロジェクトを紹介する英文のサイトからは、このようなプロダクトのストーリーが読み取れる。
32mlの水と栄養素を封入したキャンディ、呼吸時に水分の蒸発を防ぐ鼻腔ガード、頸動脈部に設置して脳を冷却するラジエーターユニット、膀胱と直腸に埋設して、排泄物から限界まで水分を搾り取る人工臓器。用意されたムービーでは、通常は1日2,500mlの水分を循環させる人体が、165mlの水消費で済むという試算がなされる。
描かれたグロテスクな未来像が、妙なリアリティと怪しげな魅力を放つ。その理由は、多孔質チタン合金などの素材まで検討された精巧なプロトタイプの存在と、架空の設定ながら一連のシステムを構想していることにありそうだ。通常のデザインワークにも通じるロジカルなデザインの軌跡が、彼らのダイアグラムからも分かる。
現在、近未来、遠未来におけるメディカル・デザインについて、いくつかの事例を見てきた。デザイナー、エンジニア、研究者の想像力が、これらを1本の線で結ぶとき、果たしてどのような未来が描かれるのだろう。
Writer
神吉 弘邦
1974年生まれ。ライター/エディター。
日経BP社『日経パソコン』『日経ベストPC』編集部の後、同社のカルチャー誌『soltero』とメタローグ社の書評誌『recoreco』の創刊編集を担当。デザイン誌『AXIS』編集部を経て2010年よりフリー。広義のデザインをキーワードに、カルチャー誌、建築誌などの媒体で編集・執筆活動を行う。Twitterアカウントは、@h_kanki