No.003 最先端テクノロジーがもたらす健康の未来
Cross Talk

生物学と医用工学、
それぞれの道。

──お二人がご自身の研究テーマをどのように決められたか伺えますか。

福岡 ── 私は生物学者になる前は、虫が大好きな昆虫少年でした。少年って物心つくと、虫が好きになったり、魚が好きになったり、恐竜が好きになったり、何かちょっとウェット系のものが好きになるか、もしくは電車とかロボットとか、モデルガンとかメカ系が好きになるところに早く分化しちゃうと思うんですよ。

阿部 ── 私の場合は、生き物と化石と鉱物と電気と機械が好きだったので、メカ系だったのかな(笑)

福岡 ── 私はチョウチョが綺麗だとか、カミキリムシが輝いているとか、そういう色とかフォルムが好きで、虫を一生懸命捕まえたり、自分で育てたりしていたんですね。美意識のような人生にとって大事なことは、すべて虫から学んだんです。

そのままファーブルとかドリトル先生のような存在に憧れて大学に入ると、珍しい虫、綺麗な虫を集めていればいい生物学は絶滅危惧種になっていて、社会の役に立たないことは学問ではない、という空気になっていました。つまり、生物学なら食料を増産するためにはどうしたらいいかとか、薬品を開発するためにはどうしたらいいか、という具合です。

まさに分子生物学(Molecular Biology)がアメリカから実際の具体的なテクノロジーとしてドッとやってきた時期です。それこそが次の時代の生物学だという感じになって、たちまちそっちの熱に反応していったんですね。

阿部 ── 私と福岡先生は2つ違いだから、それが1980年代くらいですか。

福岡 ── ええ。その後、90年代に入るとアメリカがヒトゲノム計画*10みたいなことを始めて、ブルドーザーのようなコンピューターによる人海戦術で、ヒトの場合だったら2万3,000種類ぐらいのすべての遺伝子を全部記述して、データベースに載せてしまおうとしました。それが2003年ぐらいに完成したんです。

私は元昆虫少年として、昆虫採集のように新しい遺伝子をいくつか見つけましたが、ヒトゲノム計画が完了した後は、それもデータベースの中のほんの何項目かになっただけ。それまで、細胞の中の仕組みというのは無限の神秘から成り立っていると考えられていた訳だけれども、有限個のパーツが機械的に組み合わさっているものだと理解されるようになったわけです。

阿部 ── その後、先ほどのノックアウトマウスの研究に取りかかるのですね。

福岡 ── そうです。だから、私は研究者として何度も挫折を味わって来ました。

阿部先生は、腕に自信のある外科医だったら、普通は心臓移植の方にいきそうなところを人工心臓の研究・開発に進まれた。どういういきさつなんですか。

阿部 ── 私ね、心臓移植は賛成派なんですよ。だけど、自分でやろうとは思わなかったんです。だってね、今亡くなった患者さんがいるじゃないですか。その家族もいるじゃないですか。そのとき、自分は心臓をくださいとは言えないなと思ったんですよね。動物でやるのはいいですけど、人の場合は難しい。生物学は相手が生物だけれど、医学は相手が人間なんですよ。メンタルな部分が関わってきますから、そこに難しいところがある。患者と医師の考え方もだいぶ違うんですよね。

だけど、人工臓器の研究は完全な人間機械論に立ってできるわけですし、感情的な面を考えなくてもよいので、思い切りできます。

福岡 ── 私はもともと昆虫少年だったのに、図らずも生物学者になったら、その生命のことが好きなのにも関わらず、どんどん生命を奪わないと研究が続けられなかったんです。マウスなんて1万匹以上、実験のために使っています。それの細胞の中からタンパク質を生成してきたり、DNAを取ってきたりとか、とにかく分解する、要素に還元していくのをずっとやってきたわけですね。そのことによって分かったことはたくさんあるわけですが、それだけでは分からないこともありました。

阿部 ── 医者は基本的に患者さんが治ると嬉しいんです。これはみんなそうだと私は思います。科学の目標には、自然界の法則を探り当てるようなところがありますが、医学は目の前にいる患者さんを助けるところに目標があるんですね。

だから私たちは、その病気が分かるような診断機器を作って、病気になったらそれが治せるような治療機器を作るんです。これは普通の健康な人のために作っているわけではなくて、病気になって目の前で亡くなっていく、心臓がダメになって亡くなっていく人がいる、その人が人工心臓を入れることによって、少しでも長く生きられることを目指して作っています。

本当は医学に原理なんて要らないんです、病気が治ればいいんですから。朝起きて「ああ、健康だ」と思えればいいんですよね。

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