No.007 ”進化するモビリティ”
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常温・常圧での水素輸送が可能に

千代田化工建設が目指しているのは、水素を中心にしたエネルギーサプライチェーンの構築である。産油国や産ガス国において、天然ガスや石油産出に伴って発生するガスに含まれる水素からMCHを生産し、タンカーで消費地へと輸送。消費地では、MCHを脱水素化して水素とトルエンに分解する。水素は石油化学工場の原料や、発電所の燃料として利用し、トルエンはタンカーに載せて元の産油国や産ガス国に送り返す……というサイクルを繰り返す。トルエンを送り返すのは無駄に思われるかもしれないが、現在の石油タンカーも復路では重量のバランスを取るため水(バラスト水)を積んでいる。また、産油国や産ガス国の水素製造プラントから排出されるCO₂は、地底に貯留するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)や、やはり地底に注入して石油増産に使うEOR(Enhanced Oil Recovery)に活用することが検討されている。これによって、サプライチェーン全体で極力CO₂の排出を抑えられるわけだ。

上記のサプライチェーンでは、化石燃料から水素を取り出すことを前提にしているが、将来的に自然再生可能エネルギーの発電コストが下がれば、水の電気分解で水素を生産することもできるだろう。また、人工光合成技術が進歩すれば太陽エネルギーから電気を経ずに直接水素を生産できるようになるかもしれない。

千代田化工建設では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに、京浜工業地帯の川崎臨海部向けに世界初の水素サプライチェーン事業を構築して商用実証したいと考えている。同事業では、天然ガスなどからの水素製造、MCHの製造、貯蔵、輸送、脱水素化までを一貫して行い、実際の供給信頼性を検証する。MCHの脱水素化によって得られた水素は、石油精製・化学工場などの原材料として使われるほか、火力発電の混焼用燃料としても利用される計画だ。その他、ビルや工場などに設置された自家発電装置で発電した電気を公共施設や民間企業などへ売電したり、発電事業者に直接水素を供給したりすることが検討されている。発電用途に使えることが実証できれば、水素の大量需要が生まれることになり、さらなる低コスト化が期待できそうだ。

このように、HCMによって、常温・常圧での水素の運搬・貯蔵には目処が立ってきたが、水素のエネルギーサプライチェーンを実現するために、乗り越えなければならない課題は多い。例えば、脱水素化を行うSPERA触媒や燃料電池に使われる白金をどう減らすか。市街地へ展開する方法やその場合の安全基準の構築。MCHを脱水素化した後のトルエンを回収する仕組みの構築。水素ステーション建設コストの低減。FCVなど燃料電池普及の不確実性など。水素の値段が最終的にどれくらいになるのかに関しても、需要が見通せない現在は、まだ明確になっていない。しかし、それでもエネルギーサプライチェーンの全体像がイメージできるようになったことは、大きな前進と考えられる。

「SPERA水素によるエネルギーサプライチェーンは、ようやく選択肢として検討してもらえる土俵に上がったばかりです。しかし、石油化学や発電といった具体的な需要を提案し、話題にして頂けたことで、これからさまざまなステークホルダーが議論に参加するようになるでしょう。たくさんの人々が挑めば、これまで思いつかなかったニーズも出てくるはずです。何もやらなければニーズも生まれませんから、私たちの取り組みには意味があると思っています」(千代田化工建設株式会社 水素チェーン事業推進ユニット 白崎智彦氏)

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千代田化工建設による水素のエネルギーサプライチェーンの概略図の写真
千代田化工建設による水素のエネルギーサプライチェーンの概略図。資源国の天然ガスなどから水素を取りだしてMCHへと変換。タンカーで消費国へと輸送し、脱水素化の処理を行う。

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