No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Scientist Interview

── アイデアはかなりたくさん出ると想像しますが、その中から採用するアイデアはどのように決めるのでしょうか。

先述した2人のディレクターのうち、クリエイティブ・ディレクターがクライアントや観衆、そしてモーメント・ファクトリーを代表するとすれば、マルチメディア・ディレクターはアイデアとコンセプトを代表しています。クリエイティブ・ディレクターが、クライアントはどのような組織なのか、対象はどのような人々なのかといったことに対する高いレベルの戦略を持っている一方で、マルチメディア・ディレクターは、コンセプトやクリエイティブの質に深くコミットしている。この2人の間でバランスが保たれ、かれらのやりとりによって、物事は有機的に決まっていきます。ここに、型にはまった方法はありません。非常に人間的なプロセスで行われています。

── その際に、「それはこの前やったから、違うやり方にしよう」といったコメントも出るのでしょうか。

かなり出ます。われわれは常に自分自身を刷新しようとしているので、そこがまさにチャレンジだと言えます。もう少し詳しく言うと、裏で使われるソフトウェアについては、自分たちが作ってきたツールのライブラリーがあり、それを再利用することはあるでしょう。しかし、表の部分では、異なったコンテンツごとに様々なツールを適用して、これまで見たことがないものを生み出しているように見せる。ツールのライブラリーで多様なエフェクト(効果)を蓄えるのは、創造のプロセスを効率化、最大化するためです。しかし、表現では同じことを繰り返すことはありません。

── アーティストやクリエーターは、一般的に職人的でもありますが、開発したツールをライブラリー化して効率を高めるというのは、これまでの経験から学ばれたことでしょうか。

そうです。効率性と創造性をどう両立させるのかは、永遠の課題と言えます。過去の成功を利用しながら、その上に新しいものを打ち立てていく。モーメント・ファクトリーには、いつも新しい人材が加わり、専門分野も増え、またプロジェクトのタイプや複雑性もますます拡大しているので、その方法についての学習はずっと蓄積されています。

オフィス内は、オープンな環境で制作が行われている
[図2] オフィス内は、オープンな環境で制作が行われている

── ところで、モーメント・ファクトリーでは、独自のクリエーションOSのようなものを開発していますね。

「X-Agora(Xアゴラ)」のことですね。これはいわば、ライブ・エンターテインメントOSとでも呼ぶべきプラットフォームで、モーメント・ファクトリーが手がける新しいソフトウェアのイノベーションを、そこに組み込んでいくことができるようになっています。モーメント・ファクトリーにはR&D(研究開発)プログラムがあり、新しいテクノロジーのプロトタイプはここから生まれているのです。X-Agoraでうまく動くことがわかれば、今度はワークショップというプログラムで社内テストを行います。そして、経営陣がチェックして「よし」となったら、正式に利用するための製品化を進めるのです。製品化のためにはゼロからコードを書き、QA(品質保証)のプロセスに乗せて、プロジェクト・ロードマップに加える。モーメント・ファクトリーは、かなりのソフトウェアをこの方法で開発しており、ソフトウェア・イノベーションにはかなり強いと言えます。

── ハードウェアについては、開発方法は異なりますか。

ハードウェアにおけるわれわれのイノベーションの特徴は、既存のテクノロジーをライブ・エンターテインメントのために改造して使うという点です。現在、エンターテインメント業界におけるイノベーションの多くは、バーチャルなもの。つまり、スクリーン内で起こるコンテンツ、あるいはバーチャル・リアリティー(VR)のようなものです。しかし、われわれがやるのはゴーグルの中で世界が完結するVRではなく、オーグメンテッド・リアリティー(AR=拡張現実)で、現実世界の中で人々が互いにコネクトするような仕掛けを作っています。そして、VRのようなハードウェアやゲーム機器、あるいはスマートフォンなど、ほかのテクノロジーの中核部分を、その目的のために作り変えるのです。例えば、スマートフォンはスクリーンを覗き込むために使うのではなく、操作のためのボタンにするとか、VRの技術を透明なスクリーン上に展開させ、ARとして使うなどです。

The Getaway Tour (Red Hot Chili Peppers)ライブの様子
[図3] The Getaway Tour (Red Hot Chili Peppers)ライブの様子
CREDIT: Moment Factory

── 先ほど出たR&Dプログラムとワークショップ・プログラムは、どのような仕組みになっているのでしょうか。

社内開発プログラムであるR&Dでは、「動き」「トラック」「コネクト」「ミックス」という4つの軸で新しい開発を推進しています。「動き」は、人間の身体を探知する、人間の動きに呼応するグラフィックスをエンジニアリングするといったこと。「トラック」は、現実空間とその中で動くオブジェクトを認識すること。「コネクト」は、色々なデバイスを結びつけるIoT(インターネット・オブ・シングズ)とその通信、データ、そしてAIのようにそのデータをアクションにつなげること。「ミックス」は、ARを利用することであり、またモーメント・ファクトリー流には、オーディオビジュアル、プロジェクション・マッピング、サウンド、照明、ビデオ、特殊効果などが混ざったミックスト・リアリティーのことです。

── モーメント・ファクトリーが現在目指すべきテクノロジーを、非常に整然と定義されていますね。

R&Dの中には、2つの実験プログラムがあります。なぜなら、R&Dでは実験と失敗を恐れないことが大切だからです。その1つは先ほど出た実験スタジオ。もう1つは毎年2回開催されるワークショップで、「動き」「トラック」「コネクト」「ミックス」という4つの軸で開発されたソフトウェアをテストする場となっています。ワークショップでは、社内のスタッフに加えて友人や家族など約200人を招待して開催し、まだ開発途上のものも含めてテストするわけです。そこで、ソフトウェアの半分はうまくいきますが、残り半分は失敗してしまう。ただ、この失敗がポイントで、それを改良する方法を見出したり、そこから次回のワークショップのためのネタが出てきたりする。そして成功したものは製品化へ進み、実際のプロジェクトで利用し始めます。

── R&Dというのは、専属のスタッフがいる部署ではなく、全社で参加するものなのでしょうか。

そうです。モーメント・ファクトリーの16年間の歴史の中で、R&Dの位置づけは変遷してきました。一時は、専属チームを作っていたのですが、それは5年前に取りやめました。理由は、自分たちのために開発するような内向き傾向が出てしまい、現実のプロジェクトから離れてしまったからです。今では、R&D専属のスタッフは3名だけで、R&D自体は全社で手がけています。

── ワークショップも社内イベントとして定着し、スタッフはこれを目指して新しいテクノロジーの開発に励んでいるということですか。

ワークショップは、毎回テーマが変わります。昨年はパーティーっぽいことをやりましたが、今年は「コネクテッド・ファクトリー」というテーマで、モーメント・ファクトリーの社内ツアーをインスタレーションで見せるというものでした。そして次回は、「ゲーム・シアター」をテーマとします。なぜなら今、ライブアクション(実写とコンピュータ・グラフィクスを同一画面で見せること)をゲーム化するなど、今はゲーミフィケーション(ゲーム・デザインの利用)への動きがどんどん強まっているからです。ワークショップはクライアントの制限がないため、純粋な創造性を解放できる。基本的には、自分たちのためのイベントであり、未来の観客がどんなものを必要とするかをできる限りの創造性を使って追及します。これはモーメント・ファクトリーのビジョンに密接に関わることであり、クリエイションやテクノロジーなど全てが表現の機会を与えられるのです。

社内のミーティングルームで話し合うスタッフ
[図4] 社内のミーティングルームで話し合うスタッフ

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