有機半導体の悩ましいトレードオフ関係
電気的性質が安定した半導体素子を作るためには、高品質な結晶膜を均一・平坦に作る技術が求められる。有機半導体材料には、低分子系と高分子系の2種類があるのだが、結晶の品質と均一性・平坦性の間にはトレードオフの関係がある。低分子系は精製が容易で、高品質な結晶を作りやすい。ただし、均一・平坦な膜が作りにくい。低分子系の代表的な材料が、ペンタセンやテトラセンである。一方、高分子系の性質は逆で、ポリチオフェンやポリフェニレンビニレンといった材料が代表例だ。
有機半導体材料を使った電子素子形成の研究は、古くから行われている。1990年代後半には、低分子系のペンタセンを使って、アモルファス(非結晶)状態のシリコンに迫る1cm2/Vs以上の移動度のトランジスタが実現できるようになっていた。移動度とは、物質中での電子の動きやすさを示し、素子の性能に直結する指標である。ただし、ペンタセンには実用に向かない問題があった。有機溶媒に溶けにくく、インクをつくり、印刷でパターンを形成できなかったのだ。また、空気中で酸化しやすいことも生産上・利用上の難点である。
一方で高分子系は、業務用プリンターの感光ドラム表面のOPC(有機電子写真感光体)として実用化している。これはアモルファス状態の有機物を均一な薄膜として形成しており、耐久性も十分だ。ただし、いかんせん移動度が低く、トランジスタの形成には向かない。
液晶の奇妙な性質を使って難問を解決
東京工業大学理工学研究科附属像情報工学研究施設教授の半那純一氏のグループは、液体と結晶の両方の性質を持つ液晶を活用して、トレードオフの問題を解決する技術を開発した。液晶は、電圧の印加や温度など周辺環境の条件によって、同じ物質が多様な「相(液体、固体、結晶構造といった物質の状態)」になる。例えば、液晶ディスプレイでは、電圧の印加で液晶分子の並び方を変え、光の透過の制御に利用している。東工大のグループは、「Ph-BTBT-10」と呼ぶ低分子系の液晶性有機半導体材料の「スメクチックE相(SmE相)」と呼ぶ特殊な相の性質を活用して、実用的なトランジスタの作成を可能にした(図3)。
半那氏によると、実用的なFETを安定生産するためには、有機半導体材料が以下のような特性を兼ね備えていることが条件になるという。(1)5cm2/Vs以上の高い移動度、(2)有機溶媒に対する0.5wt/v%*1以上の高い溶解度、(3)素子形成プロセスに耐える150℃以上の耐熱性、(4)成膜が容易で膜の均一性・平坦性が高いこと、(5)大気下で勝手に化学反応を起こさない安定性があること、の5つである。半那氏のグループで開発した技術は、さすがに室温で印刷というわけにはいかないが、有機材料の基板を破損しない温度下での生産で、これらの条件をクリアするという。
そもそも液晶性の材料は、有機溶媒に対する溶解性が高いため、(2)の条件は満たす。また、Ph-BTBT-10のSmE相では分子が層状にきれいに並ぶため、均一・平坦な膜を形成でき、(4)も満たす。SmE相の状態で生産すれば、安定生産も可能だ。そして、加熱しても210℃まで液体のまま安定であり、しかも結晶相に近い状態を維持するため耐熱性があり、(3)を満たす。もちろん、大気下で化学的に安定であるため、(5)も満たす。
さらに、SmE相の状態から90℃以下まで冷却すると、結晶相に変わる。このため、平坦で均一な膜を形成した後に、室温まで冷却すれば、移動度の高い有機半導体材料となるのだ。そして、結晶相になった状態から142℃まで加熱すると、SmE相に戻るのだが、その手前の120℃で5分程度維持すると、なんと単分子層構造だった結晶が、2分子層構造へと変化し、トランジスタの平均移動度は約2cm2/Vsから10cm2/Vs以上へと向上するという。つまり、(1)の条件を満たすのだ。
エレクトロニクスで広く利用されている銀インク
導体についても、様々な角度からの技術開発が進められている。現時点では、有機溶媒に銀や銅などの微粒子を溶かした導電性のペーストやインクをいかに改良するかに技術開発の主眼が置かれている*2。
導電性のインクやペーストは、エレクトロニクスへの応用が進んでいる有機材料の分野だ。なかでも最も一般的な材料が、銀ペーストと銀インクである。金属微粒子は重いため、そのまま有機溶媒に入れても沈んでしまうが、これを解決するために、銀の微細な粒子に有機分子などを吸着させ、有機溶媒中に均一分散できるようにしている。そして、印刷でパターンを形成し、それを高温で焼成することにより、銀粒子から有機物分子が離脱。同時に銀粒子同士を接触または、融着させて導通させる仕組みである。今では、銀インクを使って、RFIDタグやセンサなどを印刷技術で作成できるようになった。
応用が広がっている導電性のペーストやインクだが、これまでは高い導電性を得るために300~800℃での焼成が必要だった。これが原因で、有機エレクトロニクスへの応用は限定的だったのである。
[ 脚注 ]
- *1
- wt/v%: 体積重量パーセントという濃度を示す単位。単位体積中の溶液に溶けている溶質の重量を示している。
- *2
- 電気を通す有機材料としては、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏の導電性高分子が有名だ。ただし、有機エレクトロニクスで素子形成する上で、電極や配線を形成できるような高い導電性が得られる技術は確立していない。