No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載01 オーガニックな電子機器が変える未来の生活
Series Report

第2回
有機を制する者は未来の電子産業を制する

 

  • 2017.10.31
  • 文/伊藤 元昭
オーガニックな電子機器が変える未来の生活

人との親和性が高く、大掛かりな装置もなく電子機器や電子部品を生産できる有機エレクトロニクス。その技術には、シリコンベースの半導体技術などでは実現できない、新しい価値を生み出す期待感がある。ただし、研究開発の段階では、潜在能力を十分に引き出せてはいない。今後それを実用化・事業化・産業化していくためには、有機エレクトロニクスに最適化した材料技術と生産技術の確立が必須である。用意すべき要素技術は多いが、手つかずの新市場を生み出す可能性を秘めている有機エレクトロニクス。連載第2回の今回は、その要素技術の開発動向を解説する。

斬新なコンセプトの機器やシステムが登場するとき、その時点で入手可能な部品や技術の寄せ集めで作られる場合が多い。コンセプトを最適なかたちで具体化する要素技術が存在しないからだ。

例えば、1945年に開発された黎明期のコンピュータ「ENIAC」は1万7468個の真空管を寄せ集めて作られた。その真空管は、電話回線のリピータや無線機器の増幅器に使われていたものである。その後のコンピュータの飛躍的進化を支えた半導体デバイスが使われたのは、ENIACの10年後。コンピュータの有用性が十分に認知され、1947年に発明されたトランジスタの技術が成熟してからだった。荒削りだったシステムが、コンセプトの具体化に適した要素技術を得て、急発展した格好だ。有機エレクトロニクスも同様の道をたどる可能性が高い(図1)。

新しいコンセプトのシステムは、既存の要素技術で生まれ、最適化した要素技術の登場で発展する
[図1] 新しいコンセプトのシステムは、既存の要素技術で生まれ、最適化した要素技術の登場で発展する
作成:伊藤元昭

有機エレクトロニクスで機器や部品を作るためには、電子産業がこれまで培ってきた技術とはまったく別体系の材料技術や生産技術が必要になる。連載第1回で紹介したように、有機エレクトロニクスが新しい応用を開く潜在能力を秘めていることは、数々の研究開発の成果から明らかだ。しかし、現時点の成果は、フレキシブル基板やタッチパネルなど、既存の電子部品を作るために開発された材料や生産技術を転用して得たものである。

「人や生物由来のものと親和性が高い」「限られた種類の元素、かつ小さなエネルギーで多様な化合物が作り出せる」という有機物固有の特徴を最大限引き出した電子機器や電子部品を実用化・事業化・産業化するには、有機エレクトロニクスの応用に最適化した材料技術や生産技術の確立が欠かせない。

要素技術開発に向けた有機エレクトロニクス固有の要件

有機エレクトロニクスの実用化・事業化・産業化を進めるためには、大量の製品を低コストで安定生産できる要素技術が必要だ(図2)。また、その応用シーンを広げるためには、同時に有機エレクトロニクス固有の2つの条件を満たす必要もある。

有機エレクトロニクスの実用化・事業化・産業化に向けた技術的要件
[図2] 有機エレクトロニクスの実用化・事業化・産業化に向けた技術的要件
作成:伊藤元昭

1つは、様々な形状・素材の基板の上に素子を形成できる技術を確立すること。これは、既存のモノの表面に電子的機能を付加するために大切だ。樹脂フィルムのような比較的状態が安定している基板の上に素子を形成する場合も多いが、コップや椅子といった荒い使われ方をする日用品の表面への素子形成を求められることもあるだろう。基板を問わず素子形成できれば、それだけ応用分野が広がることになる。

もう1つは、電気的性質だけではなく、機械的性質や化学的性質を盛り込める技術を確立すること。従来の電子部品は、パッケージなどで素子部が守られ、衝撃や外気など外界からのストレスに直接さらされることはなかった。一方で、有機エレクトロニクスで作られる素子は、服の上に形成されたり、人の肌に直接貼り付けられたり、場合によっては雨露にさらされた状態で使われる。そのため応用次第では、伸び縮み可能であることや、人の皮膚に悪影響を及ぼさないことなど、様々な環境の変化に対してタフであることが求められるだろう。

半導体・導体にブレークスルーが必須

広い面積の基板にインクで回路パターンを印刷し、有機溶媒を低温・大気圧下で蒸発させて、均一な膜厚と安定した特性の素子や配線を実現する。これこそが、有機エレクトロニクスに向けた要素技術の開発目標となる。

その実現には、まず、機器や部品を構成する材料を、無機物や金属から有機物を中心としたものへと変えなければならない。つまり、材料技術での革新が求められるのだ。電子素子を構成する材料を電気的性質で分類すると、半導体、導体、絶縁体に大別できるが、このうち半導体と導体での技術的ブレークスルーが必須になる。有機物の多くは絶縁体であり、絶縁体に関しては元々選択肢が多い。多少の改善は必要かもしれないが、導体や半導体ほど深刻な課題は抱えていない。

次に、有機エレクトロニクスのメリットを際立たせるためには、室温・大気圧下での生産技術が必要になる。その実現に向けた開発指針が、有機材料を有機溶媒に溶かしてインク化し、思い通りの素子パターンを転写する印刷技術の確立である。印刷技術の利用は、インクやペーストの中に様々な材料を調合することによって、素子特性に幅を持たせることにも貢献できる。

これら材料技術と生産技術の間には密接な相互依存性がある。新しい材料は新しい生産技術を生み出し、逆に新しい生産技術は新しい材料の登場を求めるという関係があるのだ。そのため、それぞれを個別に開発するのではなく、両者を擦り合わせて開発していく必要がある。

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