LAST ISSUE 001[創刊号] エネルギーはここから変わる。”スマートシティ”
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理論

情報はブロードバンドで使い放題に。エネルギーもそうなるか?

実は、日本でもメトカーフと同様の思想に基づいた研究開発は始まっている。
京都大学大学院の松山隆司教授らのオンデマンド型電力ネットワークでは、地域内で電力を融通する電力マネジメントを開発している。また、東京大学大学院の阿部力也特任教授らは、電力をメールのように送受信できるデジタルグリッドを構築することで、エネルギー取引市場の構築を目指している。
こうした研究開発が活発になってきた背景には、太陽電池パネルや充電池、そしてパワー半導体の進歩がある。SiC(炭化ケイ素)を始めとするパワー半導体によって、直流から交流の変換、周波数や電圧の変換といった処理を従来よりも格段に少ないロスで行えるようになってきた。
従来、電気工学と電子工学はまったく異なる研究分野だった。電気工学のテーマはいかに電力を生み出し送るか。一方の電子工学は、電気を利用して情報を伝達することを目的にしてきた。だが、パワー半導体が進歩したことで、情報と同様の考え方で、電力自体を送受信できるようになったのである。エネルギーと情報の融合は思想はなく、素子レベルでも進んでいる。将来的には、電気工学と電子工学の境目はなくなっていくだろう。
では、電気工学と電子工学が融合し、エナーネットが実現した社会はどう変わるのか? ここでも参考になるのが、インターネットだ。
かつて、「情報」あるいは「コンピューティングパワー」は貴重なものだった。従量課金の高い電話代に脅えながら、パソコン通信にのめり込んだ人なら、このことを実感できるのではないだろうか。しかし、今やインターネット接続は定額制が基本で、動画も見放題が常識である。
同じように、エネルギーが使い放題になる時代がくるのではないかと、メトカーフはいう。もちろん、エネルギーと情報は異なる点も多い。だいいち、潤沢にできるほどのエネルギーはあるのか? これに対しては、「100平方マイルの太陽電池(変換効率10%)をネバダ州の砂漠に敷き詰めれば、800GWという全米の電力需要を満たせる」という米国エネルギー省の試算がある。太陽電池パネルや充電池などの性能が向上し低コスト化、さらに適切なエネルギー網を構築できれば、エネルギー潤沢の世界は実現できると、メトカーフは楽観的に考えているようだ。

100マイル×100マイル(図中赤正方形)の太陽光発電を砂漠に敷き詰めればアメリカ全土の電力需要を満たせる。
[写真] 100マイル×100マイル(図中赤正方形)の太陽光発電を砂漠に敷き詰めればアメリカ全土の電力需要を満たせる。

ならば、エネルギー潤沢の世界とは? その世界を想像することは、今のエネルギーに制約があることに慣れた私たちには難しい。ダイヤルアップでネットに接続していた頃、動画が見放題で、知人とのコミュニケーションも取り放題、世界中の店で買い物ができる、そんな世界をイメージできなかったことと同じだ。 それでも、エネルギー潤沢の世界を予測するなら、今エネルギーがネックになっているポイントを考えてみるとよいだろう。例えば、移動。自動車・飛行機等で移動する際のコストが格段に下がれば、人々のリアルな交流も活発化し、都市のあり方や生活スタイルに影響を与えることもありえる。また、植物工場での食料生産も現実的になるかもしれない。さらには、潤沢なエネルギーによって、希少な資源をリサイクルすることも容易になる。 現在の世界において、資源やエネルギーは特定の地域に偏在し、それが常に紛争の火種となってきた。将来的にもこの偏在が完全になくなることはないだろうが、相互融通の行えるエネルギー網によって特定地域への過度な依存は弱まるだろう。 エネルギーや資源がどこかに「偏在」するのでなく、どこにでも「遍在」する世界へ。国家間の力関係は大きく変化することになるが、エネルギーや資源を巡る争いが減ると期待したい。

[ 脚注 ]

*1
イーサネット:コンピューターネットワークの規格の1つで、世界中のオフィスや家庭で一般的に使用されているLAN (Local Area Network) で最も使用されている技術規格。
*2
エントロピー:無秩序さや乱雑さの度合い。 熱力学的には、可逆な過程で系に与えられた熱量を系の絶対温度で除したものが過程の前後のエントロピーの差と定義される。情報科学の分野では、エントロピーを「事象の不確かさ」として考え、ある情報による不確かさの減少分が、その情報の「情報量」であると考える。情報を受け取る前後の不確かさの相対値を「情報エントロピー」という。
*3
クロード・シャノン:(1916年 - 2001年)アメリカの電気工学者、数学者。20世紀科学史における、最も影響を与えた科学者の一人である。情報理論の考案者であり、情報理論の父と呼ばれた。情報、通信、暗号、データ圧縮、符号化など今日の情報社会に必須の分野の先駆的研究を残した
*4
過去62年間:メトカーフは、1946年のトランジスタの発明を、インターネット構築の第一歩としている。
*5
クリーン:ここでの「クリーン」は、情報を誰もが発信できるようになったことで、一方的な情報操作を行うことが難しくなったと解釈できる。
*6
OSI参照モデル:国際標準化機構(ISO)によって策定された、コンピュータの持つべき通信機能を階層構造に分割したモデル。

Writer

山路達也

ライター/エディター。IT、科学、環境分野で精力的に取材・執筆活動を行っている。
著書に『日本発!世界を変えるエコ技術』、『マグネシウム文明論』(共著)、『弾言』(共著)などがある。
Twitterアカウントは、@Tats_y

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